6-2
「くち」
「え?」
ひとり勝利を確信し、悦に入っていたところで、エレンがさらりと『真実』を答えた。
呼吸の延長線上にもれた吐息のように、あっさりと。
「えっと…口? くちびるのこと?
くちの形が気に入らないってことですか?」
「くちは、くちよ。
それ以上でもそれ以下でもない」
そう言うと、すぐにエレンは黙ってしまった。
俺はその意外な答えに、ただ首をひねるしかなかった。
エレンが自身のなかで最も嫌いだという、その口の形がどんなものなのか、もちろんこの暗渠のなかでは確認することはできない。
よりによって、口。
今まで意識して他人の口を見比べたことなんかないから、うまく想像できないが、そんなに変わった形をしているんだろうか。
まあ、女の子の言うことだから、ちょっと口の形が大きく感じるだとか、角度が気に入らないとか、そんな些細なもんなんだろうけど。
そうこう考えているうちに、暗闇の向こうでエレンが動く気配がした。
ちょっとした足音と、服がこすれるときの衣擦れの音。
身構えるような感覚。
それで、くるぞ、と思った。
「次は私の番ね。
『真実』
これまでの人生のなかで、江蓮、きみがやった、最も悪いことを話して」
なかなかの変化球だ。
また下ネタ系で攻めてくるかと思っていたのに、まったく違う方向からの攻撃。
さっきの『秘密』で、俺がしたイタズラの話から、そうとう悪いことをしまくっている奴だという印象をエレンは持ったのかもしれない。
そうだとしたら、ひどい勘違いだ。
俺は基本的に、善良な市民なんだけどな。
善人とは言わないけど。
「今までの俺の人生のなかで、やってしまった最も悪いこと」
これは簡単な真実だった。
考えるまでもない。
その答えは俺の記憶のなかで、いつだって鮮明に、今日起こった出来事のようにしっかりとした姿かたちで存在している。
そして、『秘密』を選択するほどには、他人から隠したい『真実』というわけでもなかった。
過去に俺がやってしまった『最も悪いこと』を知っているひとは知っているし、俺にとってそれは、夜空を見上げればそこには常に月が浮かんでいるのと同じように、もう当たり前に俺という人間の人生に付いてまわるものであって、この罪が体に馴染んでいた。
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