5-5
「え、じゃなくて。
だってエロ本の題名、答えたくないんでしょう?
だったら『秘密』を話してよ」
ちくしょう! やっぱり一発目の『真実』は、そのネタを引っ張ってくるのかよ!
エレンの『秘密』を催促する声は鋭い。
言外に、つまんない『秘密』なんか言ったら、どうなるか分かっているよね? といったような脅しめいた空気が混ざっている。
ああどうしようか、もちろん『真実』を答えるという選択は却下だ。
それにしたって『秘密』を言えっていわれても、俺は何をどう答えたらいいだろう?
うーんうーんと内心唸りながら、自分の心のなかを漁ってみる。
そもそも俺は秘密主義タイプってもんでもないし、人が面白がってくれそうな『秘密』のネタなんか皆無に等しいのだ。
しかしここで一撃必殺の『秘密』を繰り出しておかないと、ダメ出しが発生してしまう。
するとまた別の、新しい『秘密』を暴露しなくてはならない。
もしもこれがループしてしまえば、もともと少ない俺の『秘密』ネタはますます減っていき、俺の羞恥心からくる精神ダメージはそれに反比例してぐんぐんと蓄積し、そしてエレンはますます面白がり、着実に俺の勝利は、遥か彼方へと遠ざかっていく。
ここは慎重に『秘密』を選ばなければ。
「じゃ、じゃあいきます。
俺の『秘密』…。
えーと、俺のクラスに陣内って野郎がいるんですけど、こいつがまた調子のいいやつで、なにかと俺に絡んでくるんです。
テストがあれば、わざわざ俺の答案をのぞきこんできて、自分のほうがいい点数だったとか、そんなことを教室中に聞こえるくらいでかい声で言ってきたり、体育で陸上競技なんてやる日には、俺と陣内のどっちがいいタイム出るかって、いちいち確認してくるし、とにかく俺への対抗心がやたらすごいんです。
もうマジでうっとうしくて、しょうがない、まあ、なんでなのかって理由は分かっているんですけどね。
陣内のやつは、俺の幼なじみの女子に、ずっと片思いしてるんです。
俺と幼なじみ…天音っていうんですが、家も近いし、一緒にいることが多いから、変に嫉妬してるみたいなんですよね。
俺に絡むことで、その子に良いところをみせたい、というか自分アピールをしてるってわけです。
それに巻き込まれて、俺は本当にいい迷惑ですよ。
で、あるとき放課後に、教室で天音と二人でだらだら雑談していたら、陣内が現れたんです。
それでしばらくは三人でしゃべっていたんですけど、途中で天音が、委員会があるからとかいって教室を出ていきました。
それで教室には、陣内と俺の二人だけが残ったんです。
俺は自分の席でイスに座っていて、陣内はそのそばに立っていました。
机のうえには、俺が飲んでいたコーヒー牛乳の紙パックと、もうひとつ、イチゴ牛乳の紙パックがのっかっていて、それを陣内がじーっと見ていることに気付きました。
だから俺は親切にも、陣内にきいてやったんです。
お前、のど乾いてるんじゃないか、って。
それからこう言いました、それ少し残ってるみたいだから、お前飲んじゃえよ、って。
どうせ捨てるつもりで、あいつ置いて行ったんだから、と。
そしたら陣内のやつ、そりゃあ嬉しそうにイチゴ牛乳飲んでましたよ、全部。
まったく、あんなクソ甘いピンク色の液体の何が美味いのか、俺にはよく分かりませんけど。
とにかくまあ、俺は幸せそうな陣内を見ながら、よかったなって思いました。
ほんとうに、イチゴ牛乳が無駄にならなくて、よかったって。
じつは陣内が来る前、俺と天音の二人だけになる以前にもうひとり、教室には人がいたんです。
英語教諭のじいちゃん先生。
その先生を含めて、俺と天音の三人でおしゃべりしていたんです。
陣内が教室に入ってくるちょっと前に、じいちゃん先生は職員室に戻っていきましたけど。
で、そのイチゴ牛乳っていうのは、じいちゃん先生が飲みかけて置いていったやつなんですよね。
俺は陣内に対して、べつに嘘はついていない。
そのイチゴ牛乳は天音が飲んでたやつだなんて、ひとことも言ってないですから。
特に俺からコメントすることがなかった、っていう、ただそれだけ。
そういうわけで、その日はみんながハッピーな1日だったってことです。
どうですか、これが俺の『秘密』
いままで誰にも話したことありません、もめるのはイヤですから」
こうして俺が『秘密』を語り終えるのとほぼ同時に、エレンは笑いはじめた。
本当に楽しそうな笑い声だったので、ホッとしながらも、なんだか俺はうれしくなってきた。
ネタがうけるって、こんなに充足感があるんだなあ。
『秘密』をうまく切り抜けることができたみたいだっていう安堵だけじゃない、単純にすっごくうれしい。
このゲーム、マジで楽しいかもしれないぞ。
それにしてもエレンという女の子は、本当によく笑う。
「オーケーオーケー、おもしろかったよ!
あーおかしい、っていうか江蓮って、けっこう悪いコだったんだね」
「平和主義者だと言ってください」
とにかくこれで、俺の1ゲーム目クリアは確定らしい。
よし、いいかんじだ。
「それじゃあ、エレン」
まだイチゴ牛乳の話を引きずって、けらけらと笑っているエレンに、俺もにっこり笑って(俺のこの余裕に満ちあふれたスマイルが、彼女に伝わらないのは残念だ)告げた。
「今度は俺がエレンに、『真実』か『秘密』をたずねる番ですよね」
そう、ついに俺の攻撃ターンがまわってきた。
ここまでさんざん振りまわされてきたのだ、見てろよエレン、壊れた蛇口みたいに『秘密』をじゃんじゃん吐かせてやる! 反撃開始だ!
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