5-2


 「ちょ、ちょっと、あれは例えなんじゃないんですかっ」



 「バク転でもいいんだよ」



 エレンの声は真剣そのものだった。


 ま、まじか…。

 ゲームはすでに始まっていたって、そういうことなのか…!


 すでに俺はとんでもないピンチに立たされていた。


 どうする俺…!

 なんだって初対面の女の子に、こんな暗渠のなかで、最近みたエロ本の題名なんかを発表しなけりゃいけないんだ、マヌケすぎるだろ!


 このあいだ陣内のバカに押し付けられた、くだらないエロ雑誌のアホすぎる題名が脳裏をよぎった。

 あんな題名を、口に出すのもイヤだ!


 もしも…もしもだ、仮に『真実』のほうを選択したとしよう、素直にその、クソみたいなエロ本の題名を口にしたとする、そんなことをすれば、これまでの流れからしてエレンのことだ、暗渠を出るまで、さんざんネタにされてイジられるだろう。


 そんな事態に、高校一年生の繊細な俺の精神力は、きっと耐えられない…!



 「バ…バク転します…」



 そういった結論から、俺は勇気をだして、そのセリフを口から絞りだした。

 つまり俺は、心のダメージより肉体のダメージのほうを選んだということだ。


 うん、そっちのほうがマシなんだ、俺は自分の魂の気高さ、男としての誇りを守ったんだ!


 これは男の矜持だ、そういうことなんだ、これから自分の身に起こるであろうことを考えると、目から水がでてくるけれど、これは涙なんかじゃないぞ、漢の心からでてくる汗なんだ、ちくしょう!


 荒れ狂う日本海の大波のごとき漢の葛藤を乗り越えて、決意を新たにした俺が、さっそく柔軟体操でも始めようかと屈伸をしかけたところで、ずっと黙っていたエレンが、突然大きな声で笑いはじめた。


 それはもう、これ以上は耐えられないといった感じで思いっきり、そのまま過呼吸になってしまうんじゃないかと、こっちが心配になってくるくらい激しい笑い声だった。


 それが数分は続いていただろう、やっと治まりかけてきたところで、エレンは話しはじめた。

 (そのあいだ、俺はおとなしくじっと黙って彼女を待っていた)



 「こんなところでバク転してもいいって思うほど、嫌な『真実』ってわけ?

 ああ、おっかしい!


 男の子ってホントしょうがないねー、まあとにかく、バク転はしなくていいよ、さすがに危ないからね」



 なんともありがたいエレンさまの、その慈悲深きお言葉によって、俺はストレスから一気に解放されたのだった。


 まるで、ずっと背負っていた鉛みたいに重たい荷物が、すっと蒸発して無くなったかのような、素晴らしい爽快感である。


 ああ、よかった…!

 とんでもない無茶ぶりをしてくると思っていたら、それはすべて冗談だったんだ。


 そうだよな、ちょっと彼女はふざけてみせただけで、これは危険なことだから止めようとか、ちゃんとエレンは常識的に考えてくれているんだよ。


 それなのに俺ってやつは、エレンのことを、とんでもないドS女なんじゃないかなんて思いかけていた。


 いやあ、申し訳なかったなぁ。

 …なんてことをせっかく考えていたのに、次なるエレンの発言によって、それは無に帰ってしまうのだった。

 

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