4-2

 よくはわからないけれど、俺の背後の少し先で、地面にぽっかりと穴があいている光景を想像したら、背筋がぞっとした。


 こんな場所でスマホもなく井戸のなかに落っこちたりしたら、誰にもみつけてもらえることもなく、ミイラと化していただろう。


 彼女の言う通りなのだとしたら、俺は危機一髪、危ないところを助けてもらったことになる。

 まさに彼女は命の恩人だ。



 「あ、ありがとうゴザイマス…」



 指摘されたとおり素直にお礼を言うと、ふんっ、といった感じで、彼女がいきおいよく息を吐くのが聞こえた。


 その、やや気を抜いたような、くだけた感じの雰囲気から察するに、ちょっとご機嫌がよくなったらしい。

 そして俺への警戒心がだいぶ、やわらいだようである。


 俺からしても、そうだった。

 どうやら彼女は、悪い人間ではなさそうだと思えた。


 それから、ここまでの彼女とのやりとりで、なんとなく分かったことがある。


 この女性は、高校生の俺とそんなに年齢の変わらない人物なんじゃないか、ということだ。


 こんな暗闇のなかでは、当たり前だが、相手の姿を見ることはできない。


 人間の五感のうち、視覚は完全に封じられているので、彼女の正体を探るには残りの四感をフル活用することになる。


 ...とは言っても、味覚と触覚、嗅覚は使用できない。

 (もしも、それを使うなんてことになったら、一気に話が変態じみた方向にいってしまう。

 だが、あえて補足するなら、彼女からはべつに特徴的な匂いなんかはしない。

 つまり、香水の類いとか、そういうのはないってことだぞ!)


 だから、彼女についての情報を得るのには、ほとんど聴覚に頼ることになる。


 彼女の声は、若く、かといって落ち着いた大人の女性特有の、しっとりとした響きのようなものはない。

 つまり口調はしっかりしているけれど、すこし幼さも残っている声だと俺には思えた。


 そこからざっくりと推測するには、彼女はきっと、社会人や大学生ではなく、高校生あたりなんじゃないだろうか。


 小学生ではきっとないはずだ、彼女の声に残る幼さは、そこまではっきりとしたものではないし、闇のなかで俺の腕を掴んだ手は、そんなに小さくはなかった、なにより倒れかかった俺の体を支えてくれたのだ、それなりの腕力があるってことだ。

 (あれは突然の出来事だったので、具体的にはっきりと彼女の手の感覚を覚えているわけではないけれども)


 中学生だという考えも、いちおうは除外しておく。

 この暗闇のなかで知らない男(俺のことだ)と一対一で対峙していても怯まない態度、ここまでの強気な発言、そういうのをひっくるめて、彼女は俺よりも一つか二つ年上なんじゃないかと想像したのだ。


 それにしてもこんな夜遅くに、女の子がひとりで暗渠にいるっていうのは、おかしな話だ。


 彼女は一体何者で、どんな理由でここにいるんだろう。

 いちおう命の恩人っていうことになっているので、俺はおずおずと丁寧に、もう一度、誰何してみることにした。



 「えーっと、それで、あなたは誰なんです?

 なんで、こんなところにいるんですか?」


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