2-3

 小学生のころ、男子は皆、あの中を探検したいとずっと思っていたものだが、それもまた当たり前に、学校や親たちから禁止されていた。


 暗渠のなかは危険だ、絶対に入ってはいけない、と。


 すっかりその存在を忘れていたけれど、こうしてあの暗渠のことを思い出してみれば、懐かしさよりも先に、自分でも意外なことだが、怒りがゆらゆらと心の奥から浮かび上がってくるのだった。


 思い返せば、これは一体どういうことなんだ。


 雪ソリ遊びにしたってそうだが、大人ってやつは、あれは危険だ、これも危険だと言って、子供に何もさせてくれない。


 その繰り返しの果てに、俺はどれほどの数の遊びや冒険をあきらめてきたことだろう。


 そう考えると無性に腹が立ってきた。


 高校生の俺は知っている。

 そうやって子供の行動を制限して、口うるさく説教すること、それは、本当に子供の身の安全や、その子の将来を心配しているからではない、ということを。


 まあ、まったくのゼロではないかもしれない、そのうちの数パーセントくらいには、そういった純粋な善意も含まれている…のかもしれない。


 だけど、そういった大人の発言の大部分を占めるのは、単なる保身なのだ。


 言外に大人たちはこう言っている、自分たちに迷惑をかけるな、煩わせるな、お前たち子供はおとなしく、大人にとっての良い子でいればそれでいいのだと。


 大人にとって、子供とは、自分の身分を飾り立てる、品のいいアクセサリーであればそれで満足なのだ。


 俺がもっと賢くて、割り切ることのできる子供であれば、自分が何を求められているのか理解できているんだし、それを演じてやれば、ものごとは上手くまとまっていく。


 あのひとに迷惑をかけることもない。

 わかっている。


 わかっているのに、俺はいつもそれができない。


 これは性分というやつで、無言のうちに与えられている自分の役割というものを、素直に演じることができない。


 ひどい嫌悪感で胸が焼けてしまうからだ。


 記憶のままに足を運ぶと、はたして暗渠は、小学生の俺が見たときと同じ姿で、ひっそりと静かにその口を開けていた。


 フェンスにもたれながら、俺はじっと暗渠の入り口を眺めた。

 そして考える。


 こうしてフェンス越しに暗渠をただ眺めているだけの高校生の俺は、小学生の頃と何かが変わっているのだろうか?

 成長しているのだろうか?


 いまも昔も、あいかわらず俺は聞きわけがなく、それを大人たちから咎められていた。


 小学生のころは不満に思いながらも、おとなしく大人の指示に従っていた。

 では高校生の俺はどうするべきだ?


 暗渠は危険だから入るなって?


 高校生になった今、暗渠なんて、たかだかちょっとしたトンネルみたいなもの、そこにどんな危険があるっていうんだ。


 そして、ふっきれた。

 よし、暗渠のなかに入ってやろう、そんな決意がメラメラと湧きあがってくる。


 高校生になった俺が、小学生の頃には成し遂げることのできなかった暗渠の探検をやってやるのだ、あの中がどうなっているのか、ちゃんと自分の目で確認してやる!


 そして、そうすることで、過去の悔しい気持ちに、一種の復讐のようなものができる気がした。

 それは愉快だ。


 そうと決めてしまえば、いつだって俺の決意は固く、行動は早い。

 さっそくフェンスに手をかけた。


 人目がないのが幸いと、いちおう左右をきょろきょろ確認してから、次にフェンスに足をかけ、ひらりとそれを飛び越える。


 小学生の頃はバカでかい壁のように感じていたフェンスも、高校生の俺にとっては何の障害にもならない。


 境界線を飛び越えて、雑草があふれかえる土手に着地する。

 それから少し川岸におりていき、誰も見ていないだろうけれど、泥棒のようにこそこそしながら暗渠のなかへ入っていく。


 こうして、行き場のなかった俺は、暗渠のなかに足を踏み入れてしまったのだった。

 

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