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 それに万が一にも、ファミレスで知り合いに遭遇するとも限らない。


 あれ、今日はひとりなの? 家族のひとは?

 なんてことを、近所のおばさんなんかに訊ねられたりしたらと考えるだけで、ゾッとした。


 誰にもみつかりたくなかった。


 だから、とりあえず大通りを避けながら、ぶらぶらと歩きはじめた。

 そうすると自然に、街のはずれにある河川敷のほうへと足が向いた。


 近づくにつれ、微かに川の流れる音がきこえる。


 とはいっても、この川は、さほど大きな川ではない。


 全長はそれなりにあるけれど(終わりのほうは太平洋につながっているんだと思う)川幅は、高校生の俺が大股で歩いて、数歩くらいで向こう岸まで渡り終えそうなくらいのものだし、深さは、まあ小さな子供の膝丈くらいかな、この川で溺れることなんかは絶対にないだろうって程度の、のどかな川だ。

 (まあ、この川の周囲は住宅街で生活感満載だし、水質も特に綺麗ってわけでもないから、ここで泳ごうなんて考える酔狂なやつはいないと思うが。)


 水面をのぞけば、鯉か何かの魚影がいくつか見え、水際は少し土が盛られたようになっていて野草が生えており、数メートルほど雑草だらけの土手めいたゾーンが広がり、次には遊歩道、車道、そして住宅街へと続くならびになっている。


 この土手は斜面になっていた。


 冬になり雪が積もると、土手のすべてが真っ白な雪に覆われて、とてもきれいだった。


 誰の足跡も残されていない、まるでどこまでも広がる、新品のシーツのようなその雪の坂道を、ソリに乗って、遊歩道の上から川岸まで滑り下りてみたいものだと、雪景色を眺めながら、小学生の俺は思ったものだ。


 もちろん、そんな小学生の俺の、ささやかな願いは叶うことがなかったのだけれど。


 やってみたかった雪ソリ遊び、それを危ないことだと言って(川に落ちたらどうするんだとか、ありがちのつまらない理由からだ、ガキでもそんなグズな真似はしないっていうのに)許可してくれない大人たち(それはおもに教師たちだった)の目を盗んででも、河原に突撃し、ゲリラ的にソリ遊びを決行したってよかった。


 でもそれをしなかったのは、何よりも物理的な障害が、俺たち小学生の前に立ちふさがっていたからだ。


 そう、フェンスだ。


 川やそこに続く野原と、そして道路を遮るように、高い金網状のフェンスがどこまでも長く続き、壁のごとくそびえ立っているのだ。


 このフェンスは、川周辺と通行道路を区切る、いわゆる境界線ってやつだ。

 いま俺は、この川沿いの歩行者用道路からフェンス越しに、静かに夜の街を流れていく川面を眺めているというわけだ。


 日中であればこの道は、近隣住民のみなさんが、犬の散歩やジョギングなんかに活用していて、実に賑やかなものなのだけど、今は誰もいない。

 (ま、夜の二十時過ぎだからね。)


 見渡してみれば、辺りの住宅すべての窓には、あたたかな明かりが灯っているのが見える。


 オレンジや黄色、白にちかい光、明かりの色は、その家庭によって、ちょっとずつ異なっているようだった。

 そんな窓の明かりたちは、夜空に広がる星々と同じくらいに輝いていた。


 実際、それらの明かりは、俺にとって、星と同じくらい遠いものだった。


 その光は、みんな家族と一緒に、あたたかな自宅で楽しく過ごしているということの証に他ならない。

 結構なことだ。


 春の夜にただひとり、目的もなく夜道を歩いている間抜けな男なんて、きっと世界中でも俺くらいのものなんだろう。


 微かに息を吐いてみた。

 さすがに息は白くならない。


 そうしてしばらくフェンス伝いに川を見下ろしながら、遊歩道をゆるゆると歩いていたとき、ふと思い出したことがあった。


 そういえばこの川沿いには、暗渠(あんきょ)のなかへと入ることのできる横穴があったんだということを。


 俺もくわしくは知らないけれど、暗渠というものは、都市の下にはりめぐらされた用水路の通り道のことらしい。


 そこはマンホール、雨水管や地下鉄なんかと繋がっているらしくて、大雨時には都市への浸水防止のため、川への放水路として活用されるそうだ。


 その暗渠への入り口のひとつが、この川のちょっと小高くなった岸のところに、高く伸びた雑草のなかに埋もれるようにしてひっそりと、口を開けていることを俺は覚えていた。

 

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