マナビの時間

 沈黙が流れるふたりきりの部屋に、さらりさらり……とルーズリーフへ書き込む音だけが響く。

 中間考査初日を明後日に控えて我ら高校生がやるべきことは唯一つ。


「ちゅーしましょう、超エロいやつ!」

 部屋に落ち着くな否や放たれるその余りのバカさ加減に吹き出す気にもなれなず、部屋の主は冷たい眼差しを後輩に向けるばかり。


「その視線もハートにぶっ刺さる〜!」

 これは真面目にたしなめないと先に進まないようだ、と試験勉強に要らない台詞ばかりを吐く後輩に最後通告を言い渡す。


「何なら我が家を出禁にしても良いのよ?」

 はっと我に返りしおしおと悄気げる後輩へ、更に追い打ちをかける。


「階段脇のワンフロア違いだからと、学年の違う私のクラスに顔を出すのも止めてもらおうかしら」

「それは! 部長が居るからであって……」

「彼を口実に私に会いに来てるくせに、良く言うわね」

「うわーーん、ごめんなさい~! ちゃんと勉強しますぅ〜!」

 うんうん、分かればよろしい。

 部屋の主は満足げに頷いた。


「……○、✕、○、○。あら、よく出来たわね」

「てへへ、もともと優秀ですから」

「常に真面目な姿勢でやってもらいたいわね」

 そう言うと部屋の主は立ち上がり、学習机に置かれたおやつセットを運び始める。


「やったー、休憩タイムだ!」

 後輩は、勉強会用の折り畳みテーブルから問題集をせっせと片付けて尻尾を振るわんこの様に嬉しそうに正座をして待ち受ける。

 ウズウズしているその姿の余りの可愛いさに部屋の主は手を伸ばし、さらりと揺れる後輩のボブヘアを退かしてその片頬をゆっくりと撫でる。


「ふふふ、どうぞ召し上がれ」

「ありがとう、いただきます〜♪」

 ぴょこんと反応する後輩は喜び全開で手を合わせ、ぺこりとお辞儀をして一歩進み、ウキウキしながらチョコレートをつまんでぱくっと口にする。

 ―――かと思いきや。


「な! んぐ………む…」

 喉を潤そうとグラスに手を伸ばして無防備に開いた部屋の主の口の中に放り込み、蓋をするかのようにすかさず柔らかな唇を重ねる。

 キューブ型の甘くとろけるチョコレートが、舌の上で幾度も転がされて互いの間を行き来していく。


「…う………んふぅ……」

 ココアパウダーの苦味がいちごの酸味とクリームのこってり感に変わる頃には、少しずつ荒くなる息遣いとともに熱を帯びていく舌先が一気にチョコレートを溶かしていき、その後味を楽しむように暫し余韻に浸ると重ねた唇が名残惜しげに離される。


「ちょっと……がっつき過ぎじゃない?」

「三時間もおあずけ食らったので、限界突破しました」

 されるがままで頬を赤らめながら嗜める部屋の主に対して、後輩はしれっと言い放つ。

 が、一歳年上の部屋の主は一枚上手のようで。


「強引に持っていかなくても、ご褒美くらいあげるつもりだったのよ。これ以上は要らないわね」

「えっ、嘘、やだ、欲しい! もっと欲しいです、たくさん欲しい、ご褒美!」

「そうねぇ……ならば、あと二時間、勉強を頑張ったらあげようかしら?」

「そんな事をしてたら、チカちゃんのお母さんが帰ってきちゃうじゃん!」


 ボブヘアをさらりと揺らしながら握りしめた両手を上下にぶんぶん振って異議を唱える後輩に、さすがの部屋の主も根負け。


「仕方ないわね、点数も良かったから、特別よ」

 両手を広げて招き入れると、ぽってりとした後輩の唇がおでこにちゅっと触れ、続いて頬に、そして閉じろとばかりに瞼に触れたあと、擽ったいとクスクス笑う艶めく薄い唇にゆっくりと重ねられ……。


 数週間ぶりに訪れた寒気など吹き飛ぶように熱い空気に包まれていく。


 ◆ ◆ ◆


 生意気元気っ娘後輩

     ✕

  クール美人先輩

    ……に、なってるかなぁ?


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