026 緊急会見とは

 テレビに映る社長の表情は『無』だった。

 いつもは喜怒哀楽のどれかをしていて分かりやすいのに。


「社長の会見ってよくあることか?」


「ううん、初めてだと思う。私の知る限りでは初めてだよ」


 雪穂は前のめりになって食い入るように見ている。


『この会見は、先程まで放送されていました「恐怖の無人島生活」に関することになりますので、そちらをご視聴いただいていない場合は分かりづらくなりますこと、どうかご容赦下さい』


 慣れない言葉遣いのせいか、はたまた緊張からか。

 社長の口調がいつに比べてぎこちない。


『質問は最後に承りますので、どうかそのままご静聴のほど、よろしくお願いいたします』


 そういって、社長は顔を横に向ける。

 カメラの外にいるであろうスタッフ「お願いします」と声を掛けた。


 スタッフが社長の隣に大型テレビを用意する。


 画面の上に、23時より放送を予定しておりました○○は時間をずらして云々、というテロップが表示された。


『先程のスペシャル回をご覧の通り、収録中に台風が発生しました。それによって弊所所属の吉川大吉と万丈結衣が洞窟で過ごすことになったことはご承知の上ですが、その際、決して見過ごすことのできない重大な問題が発生してしまいました』


 俺は、まさか、と思った。


 雪穂が不安そうな顔で俺を睨む。


「何があったの?」


 冷たい声だ。


「それは……」


「もしかして、結衣さんと浮気したの?」


「してない! それは違う!」


「だったら――」


『こちらをご覧下さい』


 雪穂の言葉を遮るように、テレビの社長が言った。

 大型テレビに映像が表示される。

 俺達の視線はそこに釘付けだった。


「これは……!」


 すぐにピンときた。

 あの洞窟の奥部を映したものだ。

 暗くて見えなかったが、天井にカメラがあったらしい。

 暗視モードで撮影されていて、地面の岩肌がよく見えた。


『この映像は吉川大吉と万丈結衣が利用した洞窟を撮影したものになります。島の安全を守る為、洞窟だけでなく、至る所に監視カメラが設置されています。こちらが実際に使われている物になります」


 社長が懐から監視カメラを取り出した。

 豆粒ほどの大きさだ。


『このように監視カメラは超小型になっていまして、肉眼で見つけるのは不可能に近いです。また、リアリティを重視する為、出演者にはカメラの存在を伏せていました。これから行われるやり取りにつきまして、吉川・万丈の両名は撮影されていることに気づいていません。そのことを念頭においてご視聴ください』


 社長が説明する。


「大吉君と結衣さんだ」


 雪穂の言葉通り俺と結衣が映る。

 そして次の瞬間、結衣が俺に迫ってきた。


「え、これって……」


 雪穂が両手で口を押さえる。

 目には涙が浮かんでいた。


 俺は口をポカンとして眺めるだけ。

 頭が真っ白で何も考えられなかった。


『大丈夫だって、ここならバレないよ。カメラだって雨の音がうるさくてこっちの音までは拾えないからさ』


 悪魔の声が聞こえてくる。

 監視カメラの高性能のようで、クリアな音声を拾っていた。


 俺と結衣のやり取りが包み隠さず公開されていく。

 ただし――。


『ピーさんだけじゃないよ。ピーのピー君、去年のピー賞を獲得したピーさん、他にも』


 ――特定に繋がる部分にはモザイク加工が施されていた。


「………………」


 雪穂は静かに眺めている。

 何を考えているのか分からない表情で。


『それでもなんですよ!!!!』


 テレビの俺が怒鳴る。

 雪穂の表情が一瞬だけハッとした。


『何が何でも高峯雪穂を幸せにする――それが俺の覚悟なんです!』


 さらにやり取りは続く。


『それと、私のこと嫌いになったと思うけど、仕事中はそんな素振り見せるなよ。もう素人じゃないんだからな。私だって今までと変わらない振る舞いをするから』


 結衣のセリフだ。

 この後、画面が緩やかにフェードアウトして黒くなった。


 社長がスタッフに合図してテレビを下げさせる。


『ご覧の通り万丈結衣の言動は常軌を逸しており、到底、容認することはできません。当然ながら弊所との間で取り交わされた契約にも違反しております為、今この時をもって、弊所は万丈結衣との契約解消を宣言いたします』


 ドッと沸き、がやがやする報道陣。

 そんな中、社長は続けて話す。


『内容が内容だけに、事実を明確に示す必要があると考え、スペシャル回では万丈結衣のシーンをカットすることなく放送するよう、私からSSテレビ様にお願いいたしました。ご不快に感じられた方もおられるとは思いますが、何卒ご容赦くださいますようよろしくお願いいたします。また、万丈結衣と契約していただいている取引先企業様につきましては、ご迷惑をおかけいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます。弊所は既に万丈結衣に対する損害賠償を請求する手続きに入っていますこと、あわせてご報告させていただきます』


 社長は立ち上がり、深々と頭を下げる。


『関係各位並びに視聴者の皆様、この度はご迷惑をおかけし誠に申し訳ございませんでした!』


 そこからは質疑応答の時間となり、どうでもいい問答が繰り広げられた。


「そういうことね」


 雪穂がテレビを消してこちらを見る。


「雪穂、ごめん、黙ったままで……」


 俺は雪穂の顔を直視することができなかった。

 どんな顔をすればいいか分からない。

 目をキュッと閉じ、頭を下げ続けた。


「大吉君、私の目を見て」


 そう言われたので、顔を上げて雪穂を見る。


 彼女は目に涙を浮かべながら笑っていた。


「ありがとう、大吉君」


「あり……がとう……?」


「そうだよ、ありがとう」


「なんで? 俺、黙ってたんだよ?」


「それでいいんだよ」


「……どういうこと?」


 雪穂の顔から笑みが消える。

 真剣な表情で言った。


「プロなんだから黙っているのが正解なの。私に話したら、当然ながら私は悲しむし、結衣さんに対して怒るよね。でも、私や大吉君の手元には証拠がない。結衣さんの悪事を証明する為のね。するとどうなるのかっていうと、ただギスギスするだけなんだよね。仕事にも支障が出る。そうなったら週刊誌が嗅ぎつけて下手に騒がれるかもしれない。だから、プロならここは黙っているのが正解。少なくとも私はそう思う」


「俺、そこまで深く考えたわけじゃ……」


「分かってるよ。でもね、結果としてそうしたでしょ。大吉君は自覚していないだけで、しっかりしたプロの芸能人なんだよ」


 雪穂が「それにね」と微笑む。


「結衣さんの誘惑を跳ね返した! 最後まで屈しなかった! あのフェロモンムンムンの結衣さんに迫られたのにビクともしなかったんだよ! しかもしかも、すごくカッコイイ言葉まで言ってくれたじゃん! 何が何でも高峯雪穂を幸せにするって! 私、改めてキュンとしちゃった!」


 雪穂が抱きついてきた。


「大吉君、すごく男らしかったよ。そんな大吉君が恋人で私は誇らしい。本当にありがとう、大吉君。これからも私の恋人でいてください」


「もちろん、もちろんだとも。雪穂は俺の運命の相手なんだから。こちらこそ、これからも捨てないで下さい」


「あはは、大吉君を捨てたらバチが当たるよ」


 俺は雪穂の背中に腕を回し、ぐっと寄せる。

 張り詰めていた緊張の糸が一気にほどけた。


 そんな俺の耳元で雪穂が囁く。


「それが俺の覚悟なんです!」


「おい、茶化すなよ」


「いいセリフだったし、あとで社長にコピーもらおっと!」


「やめてくれー!」


 しばらくの間、俺は雪穂にからかわれ続けるのだった。


 ◇


 社長の緊急会見は、翌日の全新聞で一面を飾った。

 万丈結衣の知られざる裏の顔、といった見出しが並んだ。


 ネットでは結衣が炎上していた。大炎上だ。

 いたたまれないレベルで叩かれに叩かれている。


 真偽の程は不明だが、賠償金の額を試算している者もいた。

 それによると数億円に上るらしい。


 また、結衣が挙げた男の名を調べようとする者も多かった。

 彼女が芸能界を追放されたとしても、相手の男は芸能人のままだから。


 週刊誌もノリノリだ。

 有益な情報に金を払うといって大々的に情報を求めていた。


 そういった様を見ていて思った。

 ネットは怖いな、と。

 大火災とも言える炎上ぶりはリンチに他ならない。

 結衣に対して、「ざまぁ」と思うより先に「可哀想」と思った。


 社長は間違いなくこうなることを見越していた。

 あの会見によって結衣がどうなるのか、分かっていたのだ。


 その上であの会見を開いた。

 万丈結衣を生け贄にすることで、それ以上の見返りを得る為に。


 その見返りというのが――俺だ。


 あの会見以降、俺はネットで崇拝されるようになった。

 男なら100万人中99万9999人が承諾する悪魔の誘惑を断ったから。


 男の中の男。真の男。男らしい。

 雪穂を想う気持ちが凄い。カッコイイ。

 ――とにかく賞賛された。


 ネットや視聴者が俺を評価すると、テレビ局も反応する。

 これまでは雪穂のオマケだったのに、単体での仕事が一気に増えた。


 一方、結衣は悲惨だ。

 緊急会見の約2ヶ月後、彼女のその後について週刊誌が報じた。

 それによると、彼女は高級デリヘルで働く風俗嬢になったようだ。


 賠償金を支払う為、体を売っているらしい。

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