025 スペシャル放送とは

 リビングでテレビを観ていると、家の扉が激しく開いた。

 雪穂が駆け込むようにして帰ってきたのだ。


「もう始まった?」


「いや、これからだ」


 俺はソファから立ち上がった。

 彼女の脱ぎ捨てたジャケットやバッグを拾って片付ける。


 雪穂は猛スピードで手洗いとうがいを済ませてリビングへ。

 先程まで俺が座っていたソフィアにドンッとダイブした。

 目の前のテーブルに置いてある野菜スティックへ手を伸ばす。


「始まるよ! 大吉君! 早く来て!」


「分かってるって」


 やれやれ、と苦笑いで雪穂の隣に座った。

 雪穂の肩に腕を回しながら、仲良く並んでテレビを観る。


『久しぶりの土井ミキオです! いやぁ! レギュラー出演だと思ったのに初回だけなんて酷いよ高峯さーん!』


 無人島番組のスペシャル回が始まった。


「果歩ちゃんとたくさん魚を突いたから楽しみにしていてね! 魚は私達で食べちゃったけど!」


「こちらはひたすら水汲みだから地味だぜ」


「ちょっとー! 3時間スペシャルなのに水汲みばっかりってまずいでしょ! 何しているのよー! ほら意識して、視聴率すうじ視聴率すうじ!」


「仕方ないだろ、雨が降ると思わなかったんだから。それにあの水汲みのおかげで死なずに済んだ」


「それもそうだけどさぁ!」


 仕事終わりということもあり、雪穂のテンションが高い。

 土井が消えた頃には、テーブルから野菜スティックが消えていた。


「ほら! 観た? 今の! 完璧な銛捌き! 大吉君にも負けてない!」


「馬鹿を言うな、俺のほうが上手い」


「じゃあ今度の収録で勝負しちゃう? 私、負けないよ?」


「いいぜ、負けたら罰ゲームな」


「ば、罰ゲーム!?」


「おおっと? 雪穂さんビビった感じっすか?」


「そんなことないし! 大丈夫だし!」


「強がるな、強がるな」


「むきぃ!」


 楽しく話している間にも番組が進む。

 放送から1時間を過ぎたところで豪雨が始まった。


「もう雨かよ。こんなに早くて大丈夫なのか?」


「ふっふっふ」


「お? 何か知っているのか?」


「さぁ、それはどうでしょう」


「知ってるなぁ」


「ふっふっふ」


 雨が酷くなっていく。

 社長と俺が電話でやり取りをし始めた。

 このシーンは見せ場らしく、ほぼノーカットだ。


 二分割された画面に、俺と社長が映っている。

 どちらの表情も真剣で緊迫感に満ちていた。


 そんな中、時折、雪穂の顔が映る

 彼女はびーびー泣いていた。

 演技ではなく本気で泣いている。

 よほど不安だったようだ。


『吉川君はどっちがいいと思う?』


『俺は……』


 船に向かうのか、それとも洞窟に籠もるのか。

 どちらかを決める――というところでCMに入った。


 CMが終わると次のCM、それが終わるとまた次のCMへ。

 怒濤のCM連打だ。


「長過ぎだろ! いつCM明けるんだよ!」


「ここは見せ場だからねぇ、引っ張っても大丈夫だと判断したんでしょ」


 CMをどこで挟むかは自由だ。

 社長は今回のように見せ場で連続する手法をよく使う。


「お、明けたぞ」


 数分かかってようやくCMが終わった。

 おおよそ全国の視聴者がくたびれた中、テレビの俺は洞窟生活を選択。

 ほどなくして画面には雨しか映らなくなった。


「なんで雨ばっかり撮ってるの?」


「結衣さんが地面に置いて撮影したらいい、みたいなこと言ったんだ。雨の音に掻き消されたのか音声は入っていなかったな」


 雪穂が「あーね」と納得している。


「でも一台くらいは別のシーンが欲しかったかも」


「どうやら社長も同じような事を思ったみたいだぞ」


 画面が雪穂と果歩に切り替わる。

 二人はホテルの一室にいるようだ。


 雪穂が「きたきた」とニヤけた。

 よほど自信のあるシーンらしい。


『おい雪穂、何を作っているんだ』


 社長が雪穂に近づく。

 彼女は窓際に設置されたデスクで何やら作業をしていた。

 ホテルのロゴが入ったメモ用紙を泣きながら折っている。


『大吉君の、無事、祈って、千羽鶴、折ってます……』


 ぐじゅぐじゅ泣きながら話す雪穂。


『ああ、そう……』


 社長はなんとも言えない様子。

 一般人なので一般人らしい反応をしている。

 その隣にいる果歩はというと、急に泣き始めた。

 雪穂と違って明らかな演技だ。


「わだじも、結衣しゃん、吉川しゃん、千羽鶴、づくりゅ!」


 果歩は雪穂の隣に座り、一緒になって折り始める。


「ね!? 果歩ちゃんも私に感化されて泣いちゃったんだよ! すごい感動的なシーンでしょ!?」


「…………」


 俺はしばらく固まった。

 そして、大きな息を吐いてから言う。


「もしかして、アホなのか?」


「えぇぇ……!」


「千羽鶴で何かが変わるわけないだろ! それに折るなら折り紙を使えよ! なんでホテルのメモ用紙を無駄遣いしてんだ! 感動させたいならせめて高い折り紙を買ってこい!」


 笑いながらつっこむ俺。

 雪穂は「いやぁ」と苦笑い。


「それに俺、雪穂と果歩の折った鶴をもらってないぞ!」


「えっと、それはぁ……」


「どうせ社長に捨てられたんだろ」


「ギクッ」


 雪穂が「えへへ」と舌を出す。

 俺は「馬鹿者め」と呆れ笑いを浮かべた。


『紙、紙がもうないよぉ!』


『紙ぃぃぃぃい』


 テレビの中で雪穂と果歩が泣いている。

 メモ用紙を使い尽くしたらしい。


『す、すぐにお持ちします!』


 部屋に常駐していたホテルマンが慌てる。


『いや、結構です。気にしないで下さい』


 社長が代わりに答えた。


 画面が切り替わる。

 その後、折り鶴が出てくることはなかった。


 ◇


 番組がラストに差し掛かる。

 俺と結衣が自衛隊に送ってもらうシーンだ。

 画面の下部には自衛隊に対する感謝と謝罪のテロップが出ていた。


「自衛隊の船だー! いいなー!」


「たしかに貴重な体験ではあったが、国の為に働いている方々に手間を取らせてしまったことは反省しないとな」


「大吉君のそういう真面目なところ、すごく素敵だと思う!」


 雪穂がにんまりしながら腕を絡めてくる。

 俺は「へへ」とニヤけた。


『次回の無人島生活は――』


 次回予告が入り、番組が終わった。


「さぁて、お風呂に入ろうっと! もう23時だし眠いよー!」


 雪穂が立ち上がる。

 その時だった。


『これより緊急会見を始めます』


 CMを挟むことなく緊急会見が始まったのだ。


「なんだろ?」


 雪穂が再び隣に座る。


「さぁ?」


 他のチャンネルを映してみる。

 緊急会見の放送はSSテレビだけだった。


『このような夜分遅くにお集まりいただきありがとうございます』


 登場するなりそう言ったのは、派手なスーツを着たパンチパーマの男。

 ウチの社長だった。

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