024 霧島の計算とは

 大吉と雪穂の所属する事務所の社長・霧島は胸騒ぎがしていた。

 65歳にもかかわらず40代に見られることの多い肌が年相応にしょぼくれていて、パンチパーマの縮れ具合にもいつものノリがない。そのことが彼の不安を如実に物語っていた。


「お待たせして申し訳ない」


 SSテレビの会議室に入る霧島。

 そこには「極限リアルガチ! 恐怖の無人島生活!」のディレクターとプロデューサーが待っていた。

 彼らの前にはインターネットに接続されていないノートパソコンが置かれている。


「ウチの動画編集に何か問題でもあったかい?」


 霧島が不安そうに尋ねる。

 通常ではありえないことだが、彼はこの番組の制作に深く関わっていた。

 企画、撮影、編集の全てを取り仕切っている。

 本来ならテレビ局の人間が行うべき仕事を自らが担当していた。


 それが許されているのは、彼らが敏腕だからに他ならない。

 過去に積み上げた成功の数々が信用に繋がっていた。

 つまり、何か問題があれば霧島の信用に傷がつく。


「いえ、編集には問題ありません。すごく良い仕上がりで、SSテレビ史上最高の視聴率だって得ると思います。やはり霧島さんは凄い」


 プロデューサーの男が答える。

 番組の責任者でもあり、霧島とは蜜月関係にある。


 この男、霧島には頭が上がらない。

 彼が今の地位にいるのは霧島のおかげだからだ。


「では――」


「霧島さん、とりあえずこちらを見ていただけますか」


「むむ?」


 霧島はプロデューサーとディレクターの間に立った。

 ノートパソコンのちょうど正面に位置する。


 ディレクターがパソコンを操作し、動画ファイルを開く。

 カメラの映像が流れ始めた。

 暗視モードなので画面の色が緑がかっている。


「これは?」


「無人島の各所に設置してある監視カメラの1つです」


 そういえばそんなのがあったな、と霧島は思い出した。


 監視カメラは霧島が提案したものだ。

 セキュリティの一環として導入させた。

 番組を観た視聴者が島に侵入しないように。


 このカメラのことを出演者は知らない。

 リアリティを損ねたくないとの思いから伏せていた。

 その為、カメラは肉眼では分からないように設置している。


「このカメラの映像に何か問題でも? まさかオバケとか?」


 今のところはただの岩肌が映っているだけだ。


「もうすぐです――あ、始まった」


 プロデューサーが画面を指す。

 画面の端から大吉と結衣がやってきた。


「ああ、あの豪雨の時の映像か。使えそうなら編集をしなお……」


 霧島の言葉が止まる。

 結衣が大吉に迫っているからだ。

 壁に押しつけ、太ももに手を這わせている。


「これ、音声は?」


「拾っています――音を大きくしてくれ」


 ディレクターが「はい」と答えてボリュームを上げる。


『武藤さんだけじゃないよ。ジャニューズのユウスケ君、去年の主演男優賞を獲得した安田さん、他にも――』


 結衣がとんでもない発言をしている。

 霧島は開いた口が塞がらなかった。


「こ……これ……は……」


 プロデューサーは振り返り、「でしょ」と苦笑い。


「これ、どうします? 普通ならノータイムでデータを削除しておしまいなんですけど、霧島さんは普通じゃないので」


 ディレクターが「ですね」と笑う。


 彼らの「どうします?」は脅しではなかった。

 むしろ日頃から恩のある霧島に寄り添ったものだ。

 それに、芸能界ではこの手のトラブルはつきものだった。


 結衣の性格や性癖について、霧島はおおよそ把握していた。

 彼女から直接聞いたわけではないが、見ていれば分かる。

 結衣とはかれこれ10年近い付き合いだから。


 それでも、実際に本人の発言を聴くと衝撃的だった。

 映像付きなので尚更にびっくりだ。


「それにしても多い。この話が本当だとすれば、若手からベテランまで見境なく食っていることになる」


「我々も恋人がいると言えばワンチャンあるかもしれませんね」


「よし、今度の打ち上げで餌を撒いてみるか! って、霧島さんの事務所の子に手を出すわけにはいかないだろ!」


「くぅ! 霧島さんのところの子じゃなければ可能性があったのにぃ!」


 プロデューサーとディレクターが下品な話題で盛り上がっている。

 その頃、霧島は真剣な表情で考えていた。

 この映像をどのように扱うか。


 無数の選択肢を思い浮かべ、選んだ際の結果を想定する。

 脳内で算盤そろばんをはじき、各選択肢によって生まれる利益を計算していく。

 長い目で見た時に最も儲かるのはどれか。


「この映像ですが――」


 そして霧島は、答えを出した。

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