015 初回放送とは
本土に戻った俺と雪穂は、ホテルの貸し切り露天風呂を満喫した。
そのまま一緒の部屋で寝る予定だったが、その前に検査を受けさせられた。
収録の後は病院で検査を受ける決まりになっている。
イノシシのことを話すと、念の為にレントゲンを撮ることになった。
「いやぁ、しばらく入院ですな、これは」
驚いたことに、背骨と肋骨にはいくつかヒビが入っていた。
「大吉君、無理しすぎだよ!」
与えられた個室で、俺は雪穂からこっぴどく叱られた。
心配してもらえて嬉しかったのはここだけの話だ。
◇
俺と雪穂の無人島生活は使えるシーンが多かったらしい。
業界用語で「撮れ高が高い」というやつだ。
そのおかげで、次の撮影は約1ヶ月後ということになった。
厳密には4月15日。
2話目の放送が終わった数日後だ。
それまでの間、俺は暇だった。
CMの撮影は無人島番組の視聴率が出てから決まる。
――そして、記念すべき初回放送日がやってきた。
「このCMの後から始まるよ!」
「楽しみだ」
俺と雪穂は都内の高級ホテルにいた。
親に許可をとって一緒に過ごさせてもらっている。
情けない話だが、ホテル代は雪穂持ちだ。
「それにしても不思議な気分だよ」
「何が?」
「CMに出ている美少女が隣にいることがさ」
俺と雪穂は同じベッドに入っている。
部屋は真っ暗で、大型テレビの明かりだけが光源だ。
テレビには災害保険の紹介をする雪穂が映っていた。
「美少女って……私、もうアイドルじゃないよ」
「それでも美少女には変わりないさ」
CMを眺めながらイチャイチャする。
『今宵、新たな伝説が生まれる――!』
上空から撮影した無人島の映像と共にナレーションが入る。
それからタイトルロゴが表示された。
「あれ、タイトル、違わないか?」
俺達の番組名は「わくわく無人島開拓記」だったはずだ。
なのにテレビには「極限リアルガチ! 恐怖の無人島生活!」と書いている。
「番組名が変わったの。マネージャーから聞いてない?」
「聞いた覚えはないが……もしかして聞き逃したのかな」
ベッドサイドのテーブルからスマホを取る。
ちょうど今、マネージャーからメールが入った。
番組名が変わりました、と。
どうやら相手側が伝え忘れていたらしい。
「それにしてもガッツリ変えてきたな」
「社長の考えでね。そのほうがウケるだろって」
「なるほど」
この番組に関して、ウチの社長は一番の権力者だ。
ディレクターやプロデューサーですら社長には逆らえない。
「いよいよだ」
ナレーションが終わり、番組が始まった。
まずは船着き場にて、雪穂と土井アナウンサーのやり取り。
「あれ、こんな会話してたっけ?」
「これは大吉君が入院している間に撮り直したものなの。収録の時に番組名を口にしていたから、そのままだと使えなくて」
「そうだったのか。いやぁ流石はプロだな、全く違和感ないぞ」
雪穂と土井の会話が終わり、俺が登場する。
別の日に撮影したとは思えないほど滑らかだった。
「大吉君、他にも気づくところない?」
雪穂がニヤニヤしている。
「あ! ジャージのロゴが変わってる!」
「正解!」
俺達のジャージに入っているロゴが新しい番組名に変わっていた。
上手いこと合成してあって、他の人は絶対に気づかないレベルだ。
「ここからは私も知らないんだよね」
通常、テレビ番組のメイン出演者は、放送前に内容をチェックする。
気になった箇所などはその時に指摘して変えてもらう。
全てをスタッフに委ねる場合や時間がない場合は、この作業をスキップできる。
俺と雪穂は一緒に放送を見たかったので、事前のチェックはしなかった。
『それではー!』
土井アナが船で帰っていく。
「そういえば土井アナって、この為だけに呼ばれたの? 最初の打ち合わせだとレギュラーじゃなかったっけ?」
「土井さんは保険だったみたい」
「保険?」
「私達だけで盛り上がりに欠ける場合は、土井さんがワイプで盛り上げる予定だったんだって」
「ほう」
「でも、その必要はないと社長が判断したから……要するにここで出番はおしまいだね」
「なんだか可哀想だ」
「この業界じゃよくあるよ、そういうこと」
番組が順調に進んでいく。
『おそらく下見の際にギョウジャニンニクと誤解したのだろうな』
テレビの俺が間抜け面で解説している。
自分の姿は滑稽にしか見えなかった。
もっと背筋をピンとしろよ、と言いたくなる。
「このシーン、ガッツリ使ってるな。社長の言っていた通りだ」
「イヌサフランに加えてイノシシの件があったから、番組の方向性がスリリングなものに決まったらしいよ。タイトルの変更もそう」
「なるほどなぁ」
いい感じのところでCMに入る。
CMはいくつかあるけれど、その全てで雪穂が出ていた。
「それにしても不思議な気分だ。CMの美少女が隣に……」
「もー、それ何回目よー!」
雪穂が頬をつついてくる。
俺は「わりぃわりぃ」と笑った。
CMが明けて、番組が再開する。
『三つ目は洞窟だ』
『洞窟!?』
住居の話をしている。
簡易テントか、竪穴式住居か、洞窟か。
『どれがいいと思う?』
俺の問いに、雪穂が「うーん」と悩んでいる。
そこで画面が切り替わり、次回予告が流れて終わった。
「どうだった? 初めての番組は」
雪穂は腕に抱きついてきて、俺の胸を撫でる。
「1時間があっという間だった」
「だよねー、私も思った!」
「あと自分の番組だからかな、すごく面白かった」
「分かる分かる! スタッフさんの編集もいい感じだよね。この後の展開を知っているのにさ、この後どうなるんだろって思う」
「そうなんだよ、そうなんだよ」
番組の話で盛り上がる。
まさか自分がテレビを観て感想を言い合う日が来るとは思わなかった。
しかもテレビに出演しているのが自分と恋人だなんて。
「俺は素人だから分からないけど、この番組はヒットしそうかな?」
「どうなんだろ……。私も分からないんだよね。というか、それが分かればヒット番組を量産できると思う」
「まぁそれもそうか」
「でもね、反響を調べる方法はあるよ」
「どうやるんだ?」
「SNS」
「トゥイッターとかそういうのか」
「そうそう。ただ、あんまりオススメしないかな。どうしても酷いことを書いている人がいて、そういうのを見ると心が痛むから。だから私は自分の番組の評判は調べないようにしているの。マネージャーを通して改善点を教えてもらって、それを参考にする感じ」
「雪穂がそうしているなら俺もそうしよう」
「明日にはマネージャーが教えてくれると思うから、今日は深く考えないで過ごそっ」
「分かった。とりあえずルームサービスでお祝いのピザでも頼むか!」
「賛成! でもそれって私のお金だよね?」
「
雪穂は「お任せあれ!」と笑いながら照明をつけた。
――――……。
そして、次の日。
ルームサービスの朝食を堪能していると、メールが届いた。
マネージャーだ。
雪穂のほうにも同じ内容のものが送られていた。
「食事中に申し訳ないけど、気になるから確認してもいい?」
「もちろん! 私も気になるし!」
俺達はスマホを手に取り、メールを開く。
そこに書かれている文面に衝撃を受けた。
『すごい反響です! トゥイッターのトレンドでぶっちぎりの1位です! ネットのニュースでも話題が持ちきりです! 数字も取れてます! 番組の滑り出しとしてはここ数年で一番ですよ! 来てます、無人島生活!』
俺達の想像を軽く凌駕する程の人気ぶりだったのだ。
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