011 朱里のその後とは

 爺ちゃんの島とこの島では、夜を明かすことの危険度が段違いだ。

 それは住居の一方が小屋でもう一方が竪穴式……という意味ではない。


 問題なのは、この島のことが何も分からないことだ。

 どんな動物が棲息していて、夜はどれだけ気温が下がるのか。

 害虫の有無もそうだし、知っておくべきことは大量にあった。


 それらを知らない中で夜を明かすのは非常に危険だ。

 スタッフや専門家が下見しているとはいえ、油断することはできない。

 ギョウジャニンニクだと思ってイヌサフランを見逃す奴らだからな。


「こうしてはおれん。雪穂、急いで野営の準備だ!」


 俺は慌てて立ち上がり、竪穴式住居を出た。


「何をすればいいの?」


「最優先すべきは燃料だ。薪になるような物を集めるぞ」


「分かった!」


 このような環境で最も大事なのは何か。

 それは火だ。


 出入口の前に焚き火を設置し、朝まで火を絶やさない。

 そうすることによって他の動物から身を守るのだ。


「食料も必要だから川の方へ行こう」


「いいけど、魚を釣る余裕なんてあるかな?」


「釣らないよ、奪うんだ」


「奪う!?」


「方法は考えてある。とりあえず行こう」


「了解!」


 俺達はリュックの中身を空にして川へ向かった。


 ◇


「木はもう十分かな?」


「そうだな。メシの魚を調達しよう」


 川に到着した。

 俺のリュックには木の枝が大量に詰まっている。

 石斧のおかげで燃料の調達には苦労しなかった。


 竪穴式住居を選んだのは不幸中の幸いだ。

 簡易テントや洞窟コースなら石斧は作っていない。


「サクッと魚を調達するからこれを持っていてくれ」


 これとはハンディカメラのことだ。


「釣りをせずにどうやるんだろ」


 今のは独り言だろう。

 俺は返事をすることなく、靴と靴下を脱いで川に近づく。


 川には大量の川魚が泳いでいた。

 点在する大きな岩に身を寄せるようにしている。


「これなら大丈夫そうだな」


 川辺にあった大きな岩を持ち上げる。


「雪穂、俺の前にある岩を撮影していてくれ」


「岩? 分かった!」


 雪穂が不思議そうにカメラを岩に向ける。


「いくぞ、雪穂」


 俺は「せーの!」と、ひと思いに持っていた岩を放り投げた。

 放物線を描いて飛んだ岩が、雪穂の撮影している岩に命中する。

 その衝撃によって、川に波紋が広がった。

 そして、次の瞬間――。


「え、魚が死んだ!?」


「いや、気絶しているだけさ」


 ――岩の周辺にいた魚が死んだかのように浮かんだ。

 その数は10匹。一瞬の出来事だった。

 それらを回収しながら、どういうことか解説する。


「今のは石打漁といって、水中の石と投げた石がぶつかった際に生じる音響で魚を気絶させて獲る漁法なんだ。上手くいけば今のように一網打尽にできる」


「凄ッ! こんな裏技があったんだ! これなら釣りをしなくてもたくさんゲットできるね!」


「たしかにそうだが、これは局の所有している無人島だからできたことだ」


「そうなの? なんで?」


「石打漁は便利だが、乱獲しやすい性質上、魚を絶滅させかねない。そういったこともあって、基本的には禁止されているんだ。爺ちゃんの島だったりこの無人島だったり、個人で所有している場所に限って使えるわけさ」


「なるほど。じゃあ番組じゃカットされそうだね」


「俺もそう思ったが、いきなりよく分からない島で夜を明かせと言われた以上、手段を選んではいられないからな。自分達のことを考えるだけで精一杯さ」


 失神した魚を集めて川辺に運ぶ。


「今から魚の血抜きを行うが、それも撮影するのか? グロテスクだぞ」


「その辺の配慮は上の人らがするから、私は気にせず撮るよ!」


「そうか」


 腰のホルスターからサバイバルナイフを抜く。

 このナイフはリュックに入っていた装備の一つだ。


「血抜きにも方法があって、ただ適当に切りつければいいというわけじゃないんだ。具体的にどうやるかというと――」


 ペラペラ語りながら作業を進める。

 雪穂は嬉しそうにニコニコしながら話を聞いていた。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★


 その頃、紅谷朱里は人生の下り坂を駆け抜けている最中だった。


「あーもう、そういうのじゃないだろ俺達。うっざいなぁ。ガチの恋愛がしたいんならもういいよ。俺は他の女と遊ぶから」


「え、ちょ、待って……」


 またしても振られた。

 ここ数ヶ月の間に、朱里は何度も捨てられていた。


 理由は彼女が真剣な恋愛を望むからだ。

 だが、相手は朱里のことを遊び相手としか見ていなかった。

 要するに「都合のいい女」として扱われているのだ。


 もちろん、男は例外なく「俺は本気だから」と言い寄る。

 遊び相手と思っていても、最初から「お前とは遊び」などとは言わない。

 なぜなら彼らは皆、最大級の下心で近づいているから。


 欲求を満たした後に本心が現れる。

 何度か楽しんで満足すれば、もうどうでもいいと思う。


 男が「この女はちょろかったな」と満足した頃、朱里は不満を抱く。

 会う度に家やカラオケ店などの個室空間で同じ事ばかりしている、と。

 そして、「たまには外でデートしようよ」と誘い、振られるわけだ。


「なんで、なんでこんなことに……」


 中学時代はよかった。

 大吉という優しい彼氏がいて、毎日が楽しかった。

 決して彼に不満を抱いていたわけではない。


 高校に入ってからもそうだ。

 浮気をしたのは彼に対する不満があったからではない。

 同級生がキャッキャする上級生のイケメンに声を掛けられたからだ。

 自分のことを羨む同性の友達を見ていると優越感に浸れた。


 気がつくと関係が発展していた。

 大吉とはまるでタイプが違うから、何もかもが新鮮だった。

 すぐに離れていきそうな雰囲気があり、そういうところにも惹かれた。


 そう、大吉に対して不満などなかったのだ。

 ただもっと魅力的に思える男が現れただけ。


 大吉に浮気を問い詰められた時、何も感じなかった。

 その頃には既に、彼に対する思いなど消え失せていた。

 罪悪感も残っていなかった。

 悪いことをしている自覚はあったが、悪いとは思わなかった。


 自分はこれからもイケメンの上級生といい感じだと思った。

 そして大吉は、自分に未練たらたらで次には進めないだろう。


 だから、もし破局しても大吉とよりを戻せばいいと思っていた。

 朱里にとって、大吉は保険だったのだ。都合のいい保険。


 なのに……。


 大吉に新しい恋人ができた。

 しかもその相手はあの高峯雪穂だ。

 誰もが羨むトップの中のトップアイドル。

 そんな女が、全てを犠牲にする覚悟で大吉に告白した。


 相手が大吉だと知らなかったので、最初は感動した。

 雪穂の告白に心がときめき、応援したい気持ちになった。

 相手が大吉だと知った後は、心の底から後悔した。


 プロ意識の高さで有名な高峯雪穂が選んだ男。

 そんな男を自分は捨ててしまった。

 自分の見る目のなさを心から呪った。


 ピロロン。

 スマホが鳴る。ラインの通知だ。

 中学時代の同級生がメッセージを送ってきた。


『高峯雪穂の彼氏って吉川らしいじゃん! 朱里、あんたって吉川と付き合ってたでしょ!? もしかして吉川、浮気してるの? 週刊誌に売れるネタじゃない?』


 数日に一回はこんな連絡が来る。

 中学時代の同級生は皆、自分達が別れたとは思っていない。

 浮気したことを知られたくなくて、誰にも言っていなかった。


「こんな……はずじゃ……」


 朱里は返信することなくラインを閉じようとする。

 そこへ、またしてもメッセージが届いた。

 大吉かもしれないと思って慌てて確認する。


 相手は同じ学校に通う軽音部の男だった。

 バンドを組んでいるというが、練習しているところを見た者はいない。

 常に誰かしらの女子と遊んでいる典型的なチャラ男である。


『今度メシでも行かない? 俺、紅谷のこと前から興味あったんだ』


 下心が透けて見えている。

 それでも朱里は「いいよ」と返す。

 大吉と付き合っていた頃のような幸せを取り戻したいから。


 ありもしない可能性に一縷の望みを期待して、新たな彼氏を作る。

 そして捨てられ、傷ついていく――。

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