012 就寝とは
禁断の石打漁を取り入れたことで、どうにか間に合った。
燃料、食材、水、そして――ヨモギの葉だ。
「大吉君、ヨモギなんか集めてどうするの? 漢方薬でも作るつもり?」
「これは虫除けだ」
「虫除け? ヨモギが?」
「ヨモギは有能だからな」
「そうなんだ。飾るの?」
「いいや、燃やすんだ」
「燃やす!?」
「そう」
住居の入口前に設置した焚き火にヨモギの葉を投入する。
そうして生まれた煙を住居の中へ迎え入れた。
「ヨモギの葉にはシネオールって成分が含まれている」
「死ねALL!? 全滅させちゃうの!?」
雪穂の冗談だ。
俺は「そうそう」と乗ってから「んなわけないわい!」と突っ込む。
テレビで使われたら恥ずかしいな、と言った後で思った。
「このシネオールが虫除けなどの効果を持っている。その為、ヨモギの葉を燃やした煙を住居内に蔓延させておけば、害虫に怯えなくても済むわけだ」
「蚊とかハエが夜にぷーんてなったら眠れないもんね」
「そういうこと。今のように虫除けグッズが発展する前は、ヨモギの葉を燃やした煙を虫除けに使う家庭も普通にあったんだぜ」
「そうなんだ?」
「爺ちゃんがそう言ってたからたぶん間違いない」
「大吉君のお爺ちゃんが言うなら確実だね!」
「ところで雪穂、そっちはどうだ?」
「もうちょっとで完成!」
ヨモギの葉を燃やしている間、二人で食事の準備をしていた。
木の枝で作った串に川魚を刺していく。
味付けはリュックの中に入っていたカレー粉を使う。
「カレー粉なんてどうして入っていたんだろ?」
「俺が入れてくれって打ち合わせの時に頼んだからさ」
「そうなの!? なんで!?」
「カレー粉を侮ってもらったら困るなぁ。コイツをかけるとなんでもカレー味になるんだ。つまりなんでも美味しく食えるようになる万能アイテムさ」
「でも、大吉君の島で食べた串焼きは普通に美味しかったよ?」
「あれは塩をがっつりまぶしていたからな」
「あー、なるほど」
投入した分のヨモギの葉が燃え尽きた頃、準備が整った。
焚き火の周囲に串を設置して、じっくり焼いていく。
下味のカレー粉が焼けて、カレーのいい香りが漂っていた。
「メシが済んだらサクッと寝よう」
「了解!」
雪穂と並んで空を見上げる。
漆黒のキャンバスに無数の星が描かれていた。
◇
いざ寝ようかというところでトラブルが発生した。
「なんで私のがないの!?」
「入れ忘れか? それとも落とした?」
寝袋が俺の分しかなかったのだ。
それを展開していて、俺は気づいた。
「雪穂、どうやら寝袋はこれで二人分みたいだ」
「あっ、本当だ!」
寝袋はセミダブルサイズの広々としたものだった。
俺達に同じ寝具で寝させようという魂胆だろう。
「な、なんだか、恥ずかしいね……」
雪穂の顔が赤くなる。
「一緒の布団で寝たことないしな」
俺も恥ずかしくなっていた。
爺ちゃんの島で過ごした数日間、布団は雪穂が独占していた。
俺がそれでかまわないと言ったからだ。
「と、とりあえず、入ろっか」
「お、おお、お、おっ、おう」
全てのカメラをオフにして、レンズを焚き火に向ける。
それから、俺と雪穂は同じ寝袋の中に入った。
「うぅぅぅ、恥ずかしい……」
目をキュッと閉じる雪穂。
「もうカメラは回っていないし、落ち着くまで雑談でもしよう」
「うん、そうする」
どちらからというわけでもなく、自然と手を繋いだ。
指と指を絡めて、天井を見上げる。
幸いにも蚊やハエといった虫はいないようだ。
ヨモギのおかげだろう。
「ねぇ大吉君」
「ん?」
「こんな時に言うのもなんだけど……」
「どうした?」
「寝袋の中、暑くない?」
ぷっ、と吹き出す。
「それは俺も思った」
「こんなに暑かったら眠れないよ」
「同感だ。雪穂さえ問題なければ、パンツ一丁で寝たいんだが」
「ちょ、それは……!」
「そうでもしないと暑すぎて眠れる気がしないぞ」
「たしかに……。じゃ、じゃあ、いいよ。カメラも回っていないしね」
「助かる」
俺は寝袋から出て、素早く脱いだ。
再び寝袋へ入った時、思わず「あぁ!」と極楽の声を出してしまう。
「さっきと全然違う。これはいい感じだ。最高だぞ!」
「本当に?」
「まさに適温って感じだよ。あのジャージが暑すぎたんだ」
ジャージはオールシーズン対応のものだ。
要するに冬に備えたものなので、当然ながら温かい。
普段の活動では問題ないが、それを着て寝るのは辛かった。
「あのね、大吉君」
「おう?」
「私も……脱いでいい……?」
雪穂の顔が真っ赤になる。
今にも湯気が出そうなほどに。
俺は「ふっ」と笑った。
「気にせず脱げばいい。どうせこの暗がりじゃまともに見えない。寝袋に入ったらそれこそ完全に見えない」
「う、うん、そうだよね、ありがとう」
雪穂が寝袋から出る。
俺は心の中で「まじかぁ」と呟いていた。
実は俺達、一緒の寝具で寝るのすら初めてなのだ。
爺ちゃんの島で過ごした時は、雪穂が布団を独占していた。
風邪をぶり返してはいけないので俺がそうさせたのだ。
そんな状況なにもかかわらず、互いに下着オンリーときた。
この環境でなければ、間違いなく何かしらのイベントが起きていたはず。
平静を装うのに苦労した。
「本当だー! すごくいい感じ!」
雪穂が隣に入る。
心臓がバックンバックン鳴って止まらない。
「明日もよろしくね、大吉君」
「こちらこそ」
手を繋いで目を瞑る。
――――……。
(眠れねぇ)
案の定、まるで眠くならない。
何食わぬ顔で、時折、手をギュッとする。
すると雪穂もギュッと返してきた。
「眠れないね……」
「だな……」
…………。
「大吉君、もう少しくっついてもいい?」
「もう少しって?」
雪穂が腕に抱きついてくる。
彼女の胸が肩の辺りに押しつけられた。
思ったよりも弾力がある。
「このほうが安心できるかなって」
「じゃ、じゃあ、その、俺も、いい?」
「……うん」
仰向けの体を雪穂に向ける。
抱き合う形になった。
「大吉君の心臓、すごくバクバクしてる」
クスクス笑う雪穂。
「それは雪穂も同じだろ」
互いの顔が近い。
雪穂の吐いた息が顔にかかる。
「大吉君……」
「雪穂……」
自然と唇を重ねた。
最初はつつく程度にチュッチュとするだけだった。
しかし、すぐに濃厚なキスへ発展していった。
「雪穂の肌、すべすべしてる」
「今は汗でベトベトだからあんまり触らないで」
「いいじゃん、こんな時しか触れないんだから」
「もう……」
カメラが回っていないのをいいことにイチャイチャしまくる。
だが、一応は仕事中ということでそれ以上の羽目は外さない。
キスして、互いの肌に触れて、おしゃべりするだけ。
「雪穂の髪って、すごいよね」
「色でしょ? よく言われる」
「たしかにその色もすごいと思う。綺麗な白銀だけど、染めてるの?」
「ううん、地毛だよ。生まれつきこうなの。病気ではないみたい」
「そうなんだ。日本人は必ずしも黒ってわけじゃないんだ」
「私ほどじゃないけど、地毛が茶色がかった子とかもいるしね」
「そういえばそうだ」
「それで、色じゃないなら何がすごいの?」
「髪質だよ」
抱き合いながら雪穂の髪を触る。
汗でベトベトなんて嘘もいいところのサラサラだ。
「絹のようなさわり心地だし、なんだかいい匂いがするし、それに……」
「それに?」
「ごま油でも塗りたくったかのような艶やかさだ」
「ごま油って表現はどうなのよ」
雪穂がゲラゲラ笑う。
つられて俺も笑った。
「適切な表現が浮かばなくてさぁ」
「あはは。でも、ありがとう。すごく嬉しい。特徴的な髪だから褒められることはよくあるけど、大吉君に褒められたら嬉しさが段違い」
「俺もその気分を味わってみたいから、俺のことも褒めてよ」
「いいの? 朝まで褒めちぎっちゃうよ?」
「ふふふ」
それから数時間、俺達はひたすらイチャイチャしていた。
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