010 住居とは

 二週間後、二回目の収録が行われた。

 土井アナウンサーはおらず、島に上陸した状態でスタートだ。


「やぁ吉川君、もう緊張はなくなったかい?」


 船を下りると、そこには社長がいた。


「まだ緊張はしますが、台本なしの自然体でいいのでどうにかやれています」


「やっぱりそうだよなー! 君にはそのほうが合うと思ったんだ!」


 番組の企画は社長が直々に考えたものだ。

 俺を抜擢したことといい、この人の攻めの姿勢は凄い。

 リスクに対する恐怖はないのだろうか。


「ところで、一足先に第一回の映像を確認したんだけど、イヌサフランを見つけたのはお手柄だったな!」


 俺は「あー」と、当時のことを思い出す。


「大丈夫でしたか? 問題発言をしたかと思ったのですが」


「いやいや、すごくよかったよ。制作スタッフに確認したところ、君の指摘した通りギョウジャニンニクだと思い込んでいたらしい。いいシーンだから使わせてもらう方向で話を進めたよ」


「番組的にそれって大丈夫なんですか?」


「いや、本来ならこういう場合、あのシーンはカットするよ。で、何食わぬ顔でイヌサフランとギョウジャニンニクを植え替える。でも、この番組はリアルさをウリにしているから。スタッフのミスとはいえ、第一回から危険さをアピールできたのは本当によかった。説得力が増す。そんなわけで今後もイヌサフランのままだし、他にも危険があるかもしれないけど、見つけたらガンガン指摘してくれ。制作スタッフや俺のことなんかもボロクソに言っていいからな」


「分かりました!」


 その後、メイクやら何やらの準備が終わり、収録が始まった。


 ◇


「悩んだんだけど、竪穴式住居がいいかも!」


「かなりの重労働になるけど大丈夫?」


「大吉君と一緒なら大丈夫! たぶん!」


「オーケー」


 俺と雪穂は森を抜け、小さな草原にやってきた。


「竪穴式住居を作るには道具が必要だ。土を掘るシャベル、それに木の枝を折る為の斧がいる」


「どっちもリュックには入っていないよ?」


「だから道具から作っていこう」


「道具から!?」


「爺ちゃんの島でも使っていた石斧だ」


「あー! 木の棒に石の刃をくっつけたやつ!」


 テレビ向けだろうか、雪穂が詳しく言う。

 俺は「そうだ」と笑みを浮かべた。


「木の枝を折るのは普通の石斧で、土を掘る用の石斧は刃の位置を調整しよう。通常の斧は刃が横向きだが、シャベルの代わりなので棒の先端から縦に伸びるよう刃を装着するんだ。紐で縛って固定すれば多少の土は掘り返せるだろうよ」


「おー! でも、紐もないよ?」


「そうか、忘れていたな。なら紐から作ろう」


「紐って作れるの!?」


「簡単だよ。適当な茎の表皮を剥いて、抽出した繊維をり合わせるんだ」


「それって簡単なの!? 私にはさっぱり分からないけど……」


「簡単さ。首の凝る地味でチマチマした作業だが」


「へぇ!」


「ま、今回はそこまで上等な紐じゃなくても大丈夫だから、適当な蔓で十分だと思う。いちいち紐なんて作ってたら日が暮れるからな」


「なんでも自然にある物で解決しちゃうね!」


「そうやって人類は発達してきたわけだからな」


「大吉君、なんだかカッコイイ!」


 雪穂にカッコイイと言われたら恥ずかしくなる。

 思わず、「それほどでも。ふふふっ」と照れてしまった。

 もちろん、そんな顔もばっちり撮影される。


「今の顔は使われたくないなぁ」


「そんなこと言ってると全部使われちゃうよー!」


「まじかぁ」


 作業を始める前に必要な物を確認する。

 木の棒で地面に絵を描き、雪穂にも分かるよう説明した。


「じゃ、手分けして作業するとしよう」


「あ、それは駄目」


 ここでまさかの「駄目」である。


「何か問題が?」


「番組の方針的に活動はニコイチでしないと」


「あ、そうか、これはテレビ番組だったんだ」


 気を抜くと収録ということを忘れてしまう。


「なら一緒に作業しよう。まずは蔓の調達からだ」


「了解!」


 二人で一緒になって作業する。

 カメラ映えするよう、しばしばハンディカメラを交代した。

 雪穂は思った以上に器用だが、たまにドジをするので可愛らしい。


 それから数時間後、草原に竪穴式住居が完成した。

 教科書に載っている物より小さくて、2~3人が並んで寝るだけでキツキツだ。

 俺と雪穂しか利用しないので、それでも十分だった。


「お疲れ様、大吉君!」


「おう、お疲れ!」


 出来上がった竪穴式住居の中で水分を補給する。


「今日は思ったより収録が伸びているな」


 ふと気になった。

 いつの間にか夕方になっていたのだ。

 前回なら既に撮影が終わって本土へ戻っている。


「たしかに」


「1回目のほうが収録時間が長いんじゃなかったっけ?」


「私もそう聞いているよ。1回目は1時間スペシャルだから長いって」


「何かあったのかも。連絡してみたほうがいいかもしれないな」


「じゃあ私がかけるね」


 雪穂がリュックから携帯電話を取り出す。

 慣れた手つきで操作して、ディレクターに電話を掛けた。


「はい、完成しました。え、えええ? 本当ですか? そこまで撮っちゃうんですか? あ、はい、分かりました。私や大吉君の親も了承していますか? それなら大丈夫です。大吉君にもそう伝えます。はい、では失礼します」


 雪穂の通話が終わる。

 前回に比べて長かった。

 なんだかとても驚いている様子だ。


「大吉君、とんでもないことになったよ」


「どうした? 船が俺達を置いて帰っていったとか?」


 笑いながら冗談を飛ばす。

 対する雪穂は真顔で頷いた。


「え、マジで?」


 流石の俺も愕然とする。


「本当なの。この竪穴式住居で一夜を明かせって」


「正気かよ」


「一気に3話分まで撮りたいみたい」


「やってくれるなぁ、テレビ業界……!」


 この場に居るのが俺だけならまだ分かる。

 所詮は雪穂のオマケで業界入りした一般人もどきだ。

 失ったところで大した損失にはならない。


 しかし雪穂は違う。

 事務所の看板であり、今最も勢いのある10代だ。

 彼女の存在は事務所だけでなく、業界全てに影響を与えている。


 そんな彼女を無人島に置き去りにする?

 まともな神経の人間がすることとは思えなかった。


「たぶん、いや、絶対に社長の考えだよ! ウチの社長、そういう思い切りの良さがあるから」


「思い切り良すぎだろ……!」


 そんなわけで、急遽、雪穂と無人島で夜を明かすことになった。

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