009 初収録とは

 収録に際して、事前に専門家やスタッフが島を調査していた。

 これはヤラセでもなんでもなくて、視聴者にも説明されていることだ。

 だから、基本的に島の生活で大変な思いをすることはないはずだった。

 少なくとも俺達はそのように説明されていた。


 にもかかわらず、目の前には猛毒のイヌサフランがある。


「おそらくだが、下見の際にギョウジャニンニクと誤解したのだろうな」


「ギョウジャニンニクって?」


「イヌサフランに似た見た目の植物さ。そっちは無毒だから問題ない。ギョウジャニンニクとイヌサフランは本当によく似ていて、専門家でも見間違うことがあるんだ……って、こういうのは言ってもよかったのかな?」


「まずい部分はカットされるから平気!」


「なら遠慮しないでいいな」


「うん! がんがんぶっちゃけちゃって!」


 その後も植物の解説をしながら森を彷徨った。


「おっ、川だ」


「やった。私、もう喉がカラカラだよ!」


「なら水分補給しよう」


 雪穂はハンディカメラのスイッチをオフにし、リュックのサイドポケットに入れた。

 アクションカメラは回ったままだ。


「こういう川の水って美味しいんだろうなぁ」


 雪穂がリュックから木のコップを取り出す。

 それで川の水をすくおうとしたので、俺は慌てて止めた。


「念の為に煮沸消毒しよう」


「沸騰させるの? 大吉君の島ではそんなことしなかったよね?」


「あの島の川は流れが速かったからな。流れが速いと問題ないんだ」


「たしかにここの川はあの島に比べるとゆっくりな気がする」


「だろ。こういう場合、見た目は綺麗でも腹を下しかねない。おそらく大丈夫とは思うが、俺達日本人の体ってのはデリケートだからな。念を入れておこう」


「了解!」


 リュックから鍋を取り出す。


「固形燃料が入ってたよ!」


 雪穂が水色の四角い塊を取り出した。


「それは使わないでおこう。便利な代物だから緊急時まで温存だ」


「ということは……焚き火をするんだ!」


「そういうことだ」


 雪穂の目が輝く。

 彼女は焚き火が好きなのだ。

 正確には昔ながらの火熾しが好きである。


「待ってね!」


 雪穂が慌ててハンディカメラを手に持つ。

 腕をぐーんと伸ばし、レンズを自分に向けて話す。


「これから大吉君が川で火熾しします! すごく面白いので注目ですよ!」


「ハードルを上げてくるなぁ」と苦笑い。


「大丈夫だって! ほら、見せて見せて!」


「はいよ」


 サクッと準備を整える。

 適当な木の板と棒、それに燃料となる枯れ草や小枝を用意した。


 板に棒を突き立て、両手で左右に回転させる。

 きりもみ式と呼ばれる古来の火熾しだ。


「よし、火種が出来たぞ」


 摩擦によって板と棒の接地面が焦げ、熱を帯びた黒い粉ができる。

 それが火種だ。


「あとはこれを枯れ草の中に入れて……」


 ふーふーと息を吹きかける。

 すると、ボッ、と発火した。


「この炎を小枝の束に移して、完成だ」


 作業時間は2分程度だった。


「おー! 相変わらず凄い!」


 雪穂は大満足の様子。

 それを見ていると嬉しくて、俺の頬も緩んだ。


「火を熾す時はこうやって徐々に規模を大きくするんだ」


「そうしないと燃えにくいんだよね! 島で聞いた!」


「おうよ」


 鍋に川の水を入れ、焚き火でガンガンに熱する。

 煮沸が済んだらコップへ移し、よく冷ましてから飲んだ。


「ぬるいけど美味しい!」


「それはよかった。まだまだあるから好きなだけ飲んでいいぞ」


 水分補給がてらしばらく休憩する。


「大吉君、私も火熾しに挑戦していい?」


「いいよ。軍手は入ってるか?」


「うん、あるよ。軍手を使うの?」


「使ったほうがいい。俺は素手だが、ヘタをすると手の皮がべろんべろんにめくれて痛くなるぞ」


「そうなんだ!? じゃあ大吉君も軍手をしないと!」


「俺は手の皮がくっそ分厚くなってるから平気なんだ」


「ずるいー!」


 雪穂が軍手を装着し、きりもみ式の火熾しに挑戦する。

 その間、俺はハンディカメラを持って彼女を撮影していた。


「火種、できたかな?」


「いいや、全然だぞ」


「難しい……」


「力が入りすぎているのかもな。板と棒はくっついている必要があるけど、押しつけすぎてもよくないんだ。上手く言えないけど、もう少しふわっとした感じでやってみたらどうかな」


「分かった!」


 雪穂は「ふわっと、ふわっと」と呟きながら再挑戦。

 表情は真剣そのもので、カメラのことは忘れている様子。

 その甲斐あって、彼女は火種を作ることに成功した。


「それを枯れ草に入れるんだ」


「入れた!」


「息を吹きかけるんだ。顔が燃えないよう気をつけろよ」


「そう言われると怖いなぁ」


 と言いつつ、ふーふーと枯れ草に酸素を送る。

 俺の時と同じで、ボッ、と発火した。

 それを小枝に移すと、雪穂は「できたあああ!」と叫んだ。


「やったよ大吉君、私も火を熾せた! 見てたよね?」


「見てたよ。大したもんだ」


 本当に大したものだと思った。

 きりもみ式の火熾しはそれだけ難しいのだ。

 俺は爺ちゃんに教わったが、習得には数日を要した。

 対して雪穂は1時間もかかっていない。

 これもプロ意識の高さが成せる技か。


「ねーねー、この後は? この後はどうするの?」


 声を弾ませる雪穂。


「住居の確保かな」


「小屋を作るの?」


「いや、それは厳しい。ここで小屋を作るなら木を伐採する必要があるだろう。それも何本も。電動ノコギリなんかないし、あったところで扱えないから、小屋を作るのは現実的ではない」


「そっかぁ……だったらどうしよう?」


「三つの選択肢がある。一つ目は植物の蔓や葉っぱを利用して自然由来の簡易テントを作る方法だ。さっきバナナの木を見つけたし、なかなか簡単に作れると思う。バナナの葉は大きくて屋根に最適なんだ」


「おー! それ面白そう! 次は?」


「二つ目は竪穴式住居だ」


「あ、知ってる! 教科書に載ってるやつだよね!」


「うむ。縄文時代で一般的だった住居だな。一つ目のテントよりも大きくて快適な空間を作ることが可能だ。その分、作業量は増えるけどな」


「なるほど。作業量が増えるのは厳しいかも」


「逆に楽なのは三つ目の洞窟だ」


「洞窟!?」


「適当な洞窟を寝床にする。これなら作業は不要だ。コウモリ等の巣になっている可能性はあるが、そういうのは追い出せばいい」


「おー! でも、洞窟なんかあったっけ?」


「今のところ見ていないが、あそこに薄らと見える崖の下には洞窟ができているかもしれない。あの規模なら岩壁に窪みがあることも多いんだ」


「そこまで考えているんだ! 本当に凄いね、大吉君!」


「それほどでもないさ。で、どの方法がいいと思う?」


「うーん……」


 雪穂が顎を撫でながら考える。

 するとその時、雪穂の携帯電話が鳴った。

 非常時の連絡手段として持たされているものだ。


「高峯です」


 雪穂が電話に出る。

 次に彼女は「分かりました」と言って電話を切った。


「今日の収録は終わりだから帰ってこいって」


「そうか、収録だった。すっかり忘れていたぜ」


 俺はカメラのスイッチをオフにした。

 アクションカメラとハンディカメラの両方を。

 雪穂も同じようにスイッチを切る。


「住居のこと、次の収録までにどうするか考えておくね!」


「おう」


 川の水で手を洗った後、仲良く手を繋いで帰還した。

 普通に楽しく過ごしただけだが、果たしてこれで大丈夫なのだろうか。

 視聴率のことを気にするなんて業界人ぽいな、と思った。

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