006 芸能界とは

 雪穂は詳しく説明してくれた。


 曰く、彼女の事務所の社長は、俺と雪穂をセットで出したいようだ。

 前に雪穂も言っていたが、無人島開拓系の番組を狙っているらしい。


 この分野には辣腕BASHという伝説的な番組があるのだが、BASHは色々あって人気が低迷している。

 テレビ局は既に打ち切りを検討しているものの、後釜が見つからなくて困っている状況だ。

 BASHの後釜を狙った企画は他局でもたくさん出ているらしい。


 そんな中、どこの局も望んでいるのが俺と雪穂による無人島開拓番組だ。

 俺達の出会ったきっかけが無人島だから最適、と考えているらしい。

 たしかに、テレビ局が命よりも大事にしている視聴率すうじが取りやすそうだ。


 また、芸能界入りすることは俺にもメリットがある。

 特に大きいのは、雪穂と過ごせる時間が大幅に増えるということ。

 スケジュールが被りがちになる為、仕事中も一緒にいられる。

 同じ芸能界の人間だからオフの日も合わせやすい。


 金銭面でも一般人より稼げる可能性が高かった。

 今なら間違いなくCMと番組をいくつか取れる為、5~6年で平均的な生涯賃金に相当する額を稼ぐことができるだろう、とのこと。

 仮に人気が振るわずテレビに出られなくなかったとしても、地方の営業だったり、事務所のスタッフだったり、雪穂のマネージャーだったり、テレビ以外の仕事を回すことができるそうだ。


 最後に、芸能科のある学校への転校をサポートしてもらえる。

 この学校であれば、出席日数に関係なく卒業することができるそうだ。

 また、芸能人ということで、有名大学に推薦で入ることができる。

 当然ながら大学でも融通を利かせてもらえるので、留年の恐れもない。


『私はいい話だと思う。大吉君や私が大学を卒業する頃には、私達が芸能界でやっていけるかどうかがはっきりしている。仮に芸能界でやっていけなかったとしても、有名大学出身で元芸能人となれば、一般企業にも入りやすいと思うの。金銭面の条件もいいし、どうだろ?』


「俺も同感だ」


 二つ返事で承諾してもいい内容だった。


 もちろん不安はある。

 芸能界でやっていけるのだろうか、雪穂の足を引っ張らないだろうか。

 業界のことを知らないだけに、何のビジョンも見えていなかった。


『じゃあ……!』


「でも、まずは親と相談させてくれないか? 俺個人としては賛成なんだけど、親がどう言うか分からない。たくさん困らせちゃったし、これ以上は親に迷惑をかけたくないんだ」


『分かるよ。私もそのほうがいいと思う』


「2~3日、時間をくれ。その間に決めるから」


『うん!』


 いつも通り「おやすみ」で通話を終わった。


 ◇


 翌日、俺は両親に事情を話した。


「いいじゃないか! 受けろよ! 行ってこい、芸能界!」


 父さんは光の速さで乗ってきた。

 俺の為でもあるし、何より自分の待遇がよくなるから。


「お前がヘタを打っても俺が養ってやるから遠慮しなくていい!」


 頼もしい言葉だ。


「私は貴方の好きなようにすればいいと思う。そして貴方は芸能界に行きたいのでしょう? ならば行きなさい。親に遠慮する必要はないわ。貴方の人生だもの」


 母さんも父さんと同意見だった。


「じゃあ、雪穂に連絡して話を受ける方向で調整してもらうよ!」


 俺は自分の部屋へ行き、雪穂にラインを送った。

 仕事中だったらしく、返事は数時間後に届いた。


 話を進める前に社長や事務所の人とお話をするらしい。

 その時は両親も連れてこいとのことだった。


 ◇


 数日後、俺は両親と共に雪穂の事務所に来ていた。

 芸能人の事務所は煌びやかなイメージがあったが、現実は違った。

 外観から内装までとにかく地味で、有象無象の中小企業といった感じだ。


 俺と両親は応接間に通された。

 すぐに社長やスタッフの人が来て、挨拶もそこそこに説明が始まる。

 雪穂の姿はなかった。仕事中らしい。


「――このように我々は考えておりまして、そのことをまとめたのがこの資料になります」


 雪穂が通話で説明したものと同じ話を、事務所のスタッフがウチの両親にする。


「ふむ」


 父さんは真剣に資料を見ている。

 昔からこの手の資料は必ず熟読していた。

 どうでもいい使用許諾書ですらしっかり読むタイプだ。


「この辺の数字周りが甘いように思うのですが」


 何やらスタッフに尋ねている。

 目つきが鋭くて、相手は怯んでいた。


「そちらはですね――」


 社長がペラペラと返す。

 父さんは「ふむ」を連発していた。


 なんだか不安になってくる。

 家ではノリノリだった父さんが、ここでは否定的に見えた。

 話が頓挫するのではないか、と思った。


「お言葉をまとめますと、ウチの息子は高峯雪穂さんのオマケなので、芸能界で生きていけるかどうかは息子の実力というより雪穂さん次第……という認識でよろしいでしょうか?」


「えっと、あの……」と口ごもるスタッフ。


「はい! その認識で間違いございません! 息子さんはオマケです!」


 一方、社長は堂々と言い切った。

 母さんとスタッフの顔が青ざめる。


「いいでしょう。特に問題はございません」


 いいのかい! と心の中で突っ込む俺。

 社長は「ありがとうございます!」と満点のスマイル。

 これが大人の話し合いなのか、と不思議に思った。


「では親御さんの承諾もいただけたことですので、契約のほうへ進ませていただきます」


 この日をもって、俺は雪穂と同じ芸能事務所に所属する芸能人になった。


 ◇


 そこからはスピード展開だった。

 雪穂と同じマネージャーがつき、メールで細かい連絡がくる。

 テレビ出演の前には局との打ち合わせがあるらしく、その日程も決まった。


 転校の準備も進み、いよいよ転校の前日。

 この日、俺は数ヶ月ぶりに学校へ行った。


 もう3学期である。

 2学期は休んでいるだけで終わった。


「来た! 吉川だ!」


「高峯雪穂と付き合ってるのがお前ってマジ?」


「マジならサインとかもらってくれよ!」


「吉川君、話を聞かせてー!」


 学校に着くと皆が群がってきた。

 俺の周りは酷い密空間で、息をするのも苦しいほどだ。


「ごめん、話したいけど話せないんだ。事務所の決まりでね」


 俺は少し業界人ぽく振る舞う。

 社長から調子に乗ってもいいという許可は出ていた。

 その代わり、言ってもいいセリフは「話せない」だけだ。


「くぅ! すげぇよお前! 無人島とか意味不明だし!」


 いやお前は誰だよって感じの奴まで馴れ馴れしく話してくる。

 毎日これだと鬱陶しいが、今日限りなので悪い気はしなかった。


 ◇


「話ってなに?」


 放課後、俺は屋上に来ていた。

 大事な話があるといって呼び出されたのだ。朱里に。


 浮気した挙げ句に開き直った女が今更何の用なんだろう。

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