007 最初のざまぁとは
「なんでラインの返事くれないの?」
朱里の第一声がそれだった。
「今、付き合っている人がいるから。知っての通り一途な男なんで、必要がない限り他の異性には連絡しないようにしているんだ」
朱里と付き合っている時もそうだった。
他の女子とは必要最低限のやり取りしかしなかったのだ。
それが相手に対する思いやりであり、通すべき筋だと思っている。
「付き合ってる人って、高峯雪穂?」
「それは答えられない。事務所の決まりでね」
「なによ事務所の決まりって。認めてるのと同じじゃん」
「それでも答えられない。事務所の決まりでね」
朱里が「むかつく」と舌打ちする。
何がむかつくのか、俺にはさっぱり分からなかった。
「それで用事ってラインのこと? だったら悪いけど今後も返事はしないよ」
「違う、待って」
「まだ何か?」
朱里が近づいてくる。
「大吉、私達やり直さない?」
「へっ?」
意味が分からなかった。
いや、百歩譲って復縁を訴えるのはまだ分かる。
百歩じゃなくて千歩くらい必要だが、それでもまぁ分かる。
俺がフリーなら。
だが、俺には恋人がいる。
しかも、相手は高峯雪穂だぞ。
幼稚園児でもどういう結果になるか分かるものだ。
どんな神経をしていれば復縁の提案なんぞできるのだろう。
コイツは根本的に何かがおかしいようだ。
俺はそう結論づけた。
「私、間違っていた。大吉のこと誤解してた」
「は、はぁ、そうですか」
「アイドルとの恋愛なんてどうせ無理だよ。もう一度やりなおそ、お願い」
俺は一瞬の躊躇もなく答えた。
「無理です!」
「だいき――」
「無理です!」
「ちょ、話をき――」
「無理なものは無理です!」
固まる朱里。
「朱里にはイケメンの先輩彼氏がいただろ。あいつはどうした?」
「別れた。あの人、浮気してたから」
「で、アイドルと付き合っている俺と復縁すれば箔が付くとでも思ったわけか」
「そんな言い方って――」
「それにしても痛快な話だな。浮気して俺を捨てた女が今度は浮気されて破局か。しかも俺には最高の彼女がいる。なんだこの人生。最高過ぎないか?」
「ぐっ……」
俺は満面の笑みで言った。
「ありがとうな! 朱里!」
「えっ、何がありがとう……?」
「俺を捨ててくれて! 男らしくないって言ってくれて! おかげで俺は最高の相手を見つけることができたよ!」
崩れ落ちる朱里。
「でも、もう二度と連絡してこないでくれよな! じゃあな!」
朱里に背を向けて歩き出す。
「待ってよ大吉! 長い付き合いじゃない! 一度のミスくらい水に流してくれてもいいじゃない! ねぇ!」
朱里がしがみついてくる。
寸前のところで耐えていた堪忍袋の緒が切れた。
「離せよ、穢らわしい」
冷たく言い放ち、振り払う。
「大吉……?」
「浮気するようなクズに二度目のチャンスなどない。仮に俺の人生が上手くいかなかったとしても、お前と復縁することだけは絶対にない。絶対にだ。俺はお前の保険じゃねぇ。お前はそこそこまぁまぁな顔だし、すぐに次の相手が見つかるだろ。そいつと仲良くやってろよ。俺にかまうな」
朱里は「酷いよ」と連呼しながら泣きじゃくる。
俺は振り返ることなく、その場を去った。
◇
その後、朱里から何度もラインが届いた。
大丈夫かコイツの頭は、と心配したくなるほどに。
だからブロックした。面倒だったので。
そして、俺は芸能科のある高校へ移った。
学費は全て事務所持ちだ。
(話には聞いていたが……ここまでとは……)
記念すべき芸能科の初授業は想像以上に酷かった。
なんと出席している生徒は4人しかいない。
俺と雪穂を含めての4人だ。
クラスは1クラスのみ。
その全員がアイドルや俳優で構成されている。
ここは高校卒業の資格を得るための場所に過ぎない。
勉強しようと思っている人間などいなかった。
よって先生も手抜きだ。
講義の内容を説明している動画を流しているだけ。
当の本人はスマホをポチポチしていた。
俺と雪穂を除いた2人も同じだ。
片方はスマホをいじり、もう片方は化粧に夢中である。
「大吉君、ノート取らないの?」
ぼんやり動画を観ていると、隣から雪穂が話しかけてきた。
「だってこれ、中学の範囲だぜ? 余裕で分かるよ」
「そうなの? 私、その頃から学校に行けてなかったからなぁ」
「流石は元トップアイドルだ」
互いの机をくっつけ、肩と肩を密着させながら授業を受ける。
一般的な学校ならたちまち怒られるが、ここでは許されていた。
そもそも誰も見ていない。
「大吉君、すごく緊張してるでしょ? 手が震えてるよ」
雪穂が俺の手に触れる。
冷たくて気持ちいい。
「そりゃな。このあと初めての撮影だし」
学校が終わったら仕事がある。
辣腕BASHの後釜を狙った無人島開拓番組の撮影だ。
実際に無人島へ行って作業する。
「大丈夫だよ、打ち合わせ通りにすればいいだけだから」
「雪穂は落ち着いているな」
「私も緊張しているよ。自分の番組を持つのはこれが初めてだし。業界のことを知っている分、もしかしたら私のほうが緊張しているかも。これはすごく大きなチャンスだから」
「そんな風には見えないけど」
「表には出ないタイプだからね」
雪穂は俺の肩に頭を預けてきた。
俺はそれを受け入れ、優しく撫でてあげる。
「俺達なら大丈夫だよ、たぶん」
「たぶん?」
「いや、絶対にだ!」
「うん!」
人目を気にすることなくイチャイチャした。
◇
授業が終わり、迎えの車に乗ってロケ地へ向かう。
目的地である船着き場には大勢のスタッフが準備していた。
俺達はロケバスの中で着替えた。
制服から番組のロゴが入ったジャージへ。
「まずは挨拶から! 芸能界は挨拶が命! 一緒に行こっ!」
「おうよ」
雪穂と共に番組の共演者へ挨拶に行く。
共演者といっても1人だけで、しかもアナウンサー1人。
社長の言葉を借りると、俺達の番組は「硬派な攻め方」をするらしく、いわゆるひな壇のような存在は用意しない。
30分間ひたすら無人島の開拓だけを取り上げるそうだ。
「お久しぶりです! 土井さん!」
雪穂が深々と頭を下げる。
アナウンサーの名前は土井ミキオ。
御年45歳になるベテランの男で、老若男女からウケがいい。
このアナウンサーが担当する番組はヒット率が高いそうだ。
「どうもどうも高峯さん! いやぁすみません、こちらから挨拶に行けなくて!」
「いえいえ、気にしないで下さい! 出演してくださりありがとうございます!」
雪穂と土井が親しげに話している。
俺は傍で突っ立っているのみ。
「高峯さん、そちらが例の?」
土井の視線が俺に向く。
雪穂は「はい!」と頷いた。
「私の恋人、吉川大吉君です!」
「吉川です、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします! 土井ミキオです! テレビは今回が初めてとのことですが、ご安心下さい! 私が盛り上げてみせますから!」
「は、はい、ありがとうございます」
雪穂の言っていた通り頼もしそうだ。
「メイク入りまーす!」
大勢いるスタッフの誰かが叫ぶ。
言っている意味が分からない。
「メイクだからまた後でね、大吉君!」
「あ、おう、分かった」
雪穂がロケバスへ消えていく。
そこでメイクをするようだ。
俺と土井も別々のバスに呼ばれている。
「それでは土井さん、本日はよろしくお願いします」
改めて頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします! 高峯さんの告白会見は、アイドル界のみならず芸能界全体の革命ともいえることで、業界内でも注目が集まっています。一人の男としてだけでなく、芸能界の人間としても、お二人が末永く幸せになれるようお祈りしています!」
「ありがとうございます! 土井さん!」
土井が「では」と微笑み、雪穂とは別のバスに向かう。
(雪穂の言っていた通り、土井さんってすげーいい人だなぁ)
そんなことを思いながら、俺もスタッフに従ってバスに入った。
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