005 覚悟とは
わざわざ報道陣を集めて真実を話す理由は何なのか。
彼女が話している間、俺はそのことをずっと考えていた。
おそらく週刊誌に嘘だとバレたのだろう。
俺や爺ちゃんが黙っていても、情報を完全に封じることはできない。
他の目撃者、ライブカメラの映像、いくらでも可能性はある。
おそらくそうだとして、まだ分からないことがあった。
俺がこの場に呼ばれた理由だ。
真実を話すにしても、素人の俺をこの場に呼ぶ必要はない。
雪穂や彼女の事務所にとって、俺の存在はリスクでしかないだろう。
素人故に何を言うか分からないから。
この点に関しては分からないままだった。
雪穂の言う「その時」が来るまでは。
「――その後、Yさんのお爺さまが操縦する船で本土まで送っていただき、それからすぐに事務所の方と合流しました。以上が今回の真実になります。改めまして、この度は偽りの発表をしてしまい申し訳ございませんでした」
カメラのシャッター音が響く。
「どうして本当のことを話そうと思ったのですか?」
記者の一人が質問した。
他の記者共も頷いている。
「ファンの方に嘘をつきたくなかったからです。それは島で過ごしたことだけではございません。今日、Yさんにこうして来ていただいたことも関係しています」
「……それは、どういうことでしょうか?」
俺も、どういうことだ、と心の中で疑問符を並べる。
「今からYさんの名前を呼びますが、彼は一般人ですので、お名前については隠すようにしてください」
言い終えると、雪穂は体を俺に向けた。
「大吉君、何が何やら分かっていないよね」
「あ、ああ、さっぱり、分からない」
緊張から言葉が詰まる。
雪穂は「だよね」と笑った。
「この場で貴方に言いたいことがあるから呼んだの」
「言いたいことって?」
「大吉君、私は貴方の男らしいところに惚れました。大吉君さえよければ、私を恋人にしてください。お願いします」
雪穂が深々と頭を下げる。
誰もが固まった。
記者の何人かはカメラを落とした。
「え、今、もしかして、告白……?」
「うん。島で看病してくれたこと、サバイバルについて色々教えてくれたこと、何もかもがすごく新鮮でとても楽しくて、素敵だった。だから私は、貴方とずっと一緒にいたい。今までは仕事が第一で、アイドルとしてのプロ意識があるから恋愛はしないようにしていた。でも今は、アイドルを辞めてでも貴方と一緒にいたいと思っている。だからカメラの前で告白させてもらったの。サプライズ演出とかそういうことではなく、自分自身の退路を断つために。逃げ道を作らないことで、私は私の覚悟を貴方に示したかったから」
雪穂の凜とした瞳が真っ直ぐに俺を捉えている。
(そうか、そういうことだったのか……)
今、全てが繋がった。
裏で告白するのと、カメラの前で告白するのでは大きく異なる。
裏での告白は表に出ないから、表向きはしていないとの同じだ。
テレビに疎い俺でも、雪穂の覚悟が伝わってきた。
ここで俺がどう答えようとも、彼女のアイドルとしての人気は失墜する。
アイドルは大衆の偶像であり、恋愛することは御法度なのだから。
(本気なんだ、雪穂は)
彼女がどうしてそこまで惚れたのかは分からない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
大事なのは、彼女が何よりも本気である、ということ。
純粋に凄いと思った。
全てを捨てる覚悟で告白するその姿勢が。
だから俺は心に誓った。
この女は俺が幸せにする、と。
絶対にそうしなくてはならない、と。
「今の俺は未熟で、君の思っているような男ではないと思う。もっとよく知れば、至らない点がたくさん見えてくるだろう。嫌な時は言ってくれ。耐えられなくなったら捨ててくれ。その時が来れば甘んじて受け入れよう。だが、その時が来るまでは――誰がなんと言おうと、俺が君を守る」
雪穂の目に涙が浮かぶ。
「ありがとう、大吉君……」
「俺の方こそ、ありがとう。下手なセリフでごめん。カッコイイことを言いたかったけど、ほら、俺、素人だから」
「ううん。十分かっこよかったよ。少し臭かったくらい」
「ごめんな」
「謝ったから大吉君の負けね」
雪穂と抱き合う。
報道陣のカメラ群が今日一番の爆音を奏でた。
◇
雪穂の告白はその日のニュース番組で持ちきりだった。
全てのチャンネルで大々的に報じられ、ネットも騒然としていた。
各所の反応だが、予想外にも好意的だった。
全員とはいかないまでも、概ね歓迎のムードが漂っている。
事務所が最初に行った嘘の発表を叩くコメントは殆どない。
大半にとってはどうでもいいことだったのだろう。
雪穂の示した覚悟が皆の心を打ったのだ。
俺のくっさいセリフは「くせぇ」と笑われた。
また、俺の顔と声にはモザイクがかけられていた。
一般の高校生ということで、テレビ局が配慮したのだ。
それでも、今時、隠しきるなんてことは不可能だ。
どこからともなく情報が漏れて、一瞬で特定されてしまった。
そこから先は大変だった。
殺害予告は連日のように届くし、嫌がらせもひっきりなしだった。
こじらせたファンか、それともファンになりすましたただの悪党か。
とにかく、数日で我が家の前に警察が常駐する事態となった。
そうなると、今度は我が家でなくご近所さんが狙われた。
洗濯物にウンコを投げつけられるなど、それはもう酷い有様だ。
そのせいで我が家は引っ越しを余儀なくされた。
ローンの残った一軒家を売り払い、セキュリティのしっかりしたマンションへ。
特定されてからは学校にも行けていない。
両親にこれほど迷惑がかかるとは想像もしていなかった。
申し訳なくて涙を流しながら頭を下げた。
「お前は男を見せたんだから気にしなくていい」
「悪いのは大吉じゃないのだから、胸を張りなさい」
両親は笑顔で許してくれた。
そんな両親を見て、この人らの子でよかった、と思った。
ちなみに父親は、雪穂の彼氏の父親という理由で昇進したそうだ。
「――そんな感じで、ようやく落ち着いてきたところだよ」
スマホに向かって話す。
ラインで雪穂と通話していた。
あの会見以降、彼女とは一度も会えていない。
だが、連絡は毎日のようにとっていた。
「俺の話ばかりしちまったな。雪穂のほうはどうだ? 大丈夫か?」
『大丈夫どころか前より仕事が増えちゃったよ!』
「流石は元トップアイドルだな」
俺と交際するにあたって、雪穂はアイドルを引退していた。
今は元トップアイドルという肩書きでテレビに出演している。
『今○×放送観ないでね、私が映ってるから』
「なら観ないとな」
『もー!』
「ははは、なんにせよ順調ならよかったよ」
『ありがとう。それでね、今日は相談があるんだ』
「相談って?」
『あの会見によって私の人気は大暴落して、仕事を全て失うことになるだろうなって予想していたの。私も事務所もね』
「うんうん」
『でも実際は逆に人気が出て仕事が増えたからさ。社長が大吉君もどうかなって言っているのよ』
「どうかな、とは?」
雪穂のクスクス笑う声が聞こえる。
驚くと思うんだけど、と前置きしてから彼女は言った。
『大吉君も芸能界デビューしない? ってこと』
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