004 マスコミとは
家に帰った俺は雪穂について調べた。
「そりゃ『本当に私のことを知らないの?』って言うわけだ」
雪穂はとんでもなく人気のアイドルだった。
顔がいいだけでなく、歌やダンスも上手で、テレビ番組やCMにも出演しまくりだ。
今売り出し中で、10代の女子が最も憧れているアイドルらしい。
俺と出会うきっかけになった事故についてもニュースになっていた。
おおむね彼女の言った通りで、撮影中の事故で船が転覆したそうだ。
原因は、テレビ局の人間が船のスペックを無視して乗りすぎたこと。
最大10人までという船に50人近く乗っていたらしい。
ネットではテレビ局が叩かれまくっていた。
島での出来事は隠蔽されていた。
事務所の発表だと、雪穂は事故の当日に発見されたらしい。
それから今日までの間、病院で検査入院をしていたとのこと。
また、彼女を発見したのは俺でなく地元の漁師になっていた。
『いやぁ、びっくりしたね。テレビでよく観る子が倒れていたんだもの』
ニュース番組で、彼女を発見したという地元の漁師が映っていた。
興奮した様子でインタビューに答えているが、話していることは嘘ばかり。
それを観た俺は「日本のテレビ局も墜ちたものだな」と知った風に呟いた。
「別れ際に握手の一つでもしてもらっておけばよかったな……」
昨日まで肩を並べて土器を作っていた雪穂が、今はテレビの向こう側だ。
今になって後悔する。
◇
雪穂は俺のスマホに連絡先を登録した。
だが、相手が国民的アイドルなので、気安く連絡できない。
結果、スマホを使ったやりとりは一度きりのラインのみだった。
内容もシンプルだ。
俺から「テレビで観たよ」と送った。
数日後に「ありがとう」とだけ返ってきた。
別にそれ以上の発展を期待していたわけではない。
そのつもりだったが、心のどこかでは期待していたようだ。
一緒に過ごしていてすごく楽しかったのも影響しているのだろう。
サバイバルのことで女子とあれだけ盛り上がったのは初めてだ。
朱里はそういうのが嫌いだった。
「やっぱ連絡したらまずいよなぁ……」
夏休みが終わってすぐの夜、俺は家で悶々としていた。
ベッドの上で仰向けになり、ひたすらスマホを凝視している。
画面に映っているのは、雪穂の「ありがとう」というラインメッセージ。
何か話しかけたいと思うが、それをする勇気が出なかった。
嫌われたくないという思いが強いからだ。
「朱里にすら振られるのに雪穂とどうこうとか無理に決まってるだろ」
自分にそう言い聞かせ、ラインを閉じる。
その瞬間、ラインが「ピコン」と通知を出してきた。
雪穂からメッセージが届いたのだ。
『9月○日の18時に××ホテルの孔雀の間に来られますか?』
丁寧な口調でそう書かれていた。
指定日が休日ということもあり、行くのは容易だ。
『行けます』
そう返した。
相手が丁寧語だったので、俺も丁寧語だ。
雪穂はすかさず既読マークを付け、「了解!」のスタンプ。
「やった! また雪穂に会えるんだ!」
その日は興奮のあまり眠れなかった。
◇
雪穂の指定した日がやってきた。
「でっけぇホテルだなぁおい」
彼女の指定したホテルに到着する。
エントランスからして「雑魚は帰れ」と言いたげだった。
安物のシャツとズボンの組み合わせは明らかに失敗だ。
とはいえ、この場にそぐうような服は持ち合わせていない。
時間もないし、後戻りは出来なかった。
「すみません、孔雀の間ってどこですか?」
受付にいるフォーマルな服の女性スタッフに尋ねる。
お姉さんは「嘘でしょ、お前」と言いたげな顔をした。
しかしそれは一瞬で、すぐに営業スマイルを張り付かせる。
「孔雀の間はあちらのエスカレーターを――」
丁寧に説明してくれた。
チラリと横顔を見ると、やはり「マジかよ、お前」と書いていた。
それでも丁寧に教えてくれるのだから、流石は超高級ホテルだ。
「ありがとうございます」
お姉さんに礼を言ってから孔雀の間へ向かう。
「なんじゃこりゃ」
孔雀の間の中にはアホみたいな数の報道陣がいた。
密を避けましょう、と言っているマスコミが密々状態だ。
「吉川大吉様ですね」
背後から背中をトントンと叩かれた。
振り返ると、いつぞやの威圧的な黒服の姿が。
衣類越しでも分かる立派な胸筋は恐怖の象徴。
見ているだけで俺の金玉は縮んだ。
「こちらへどうぞ」
黒服がすたすた歩き出す。
逃げ出したら殺されそうなので大人しく従った。
関係者以外立ち入り禁止と書かれた場所を通っていく。
そして、ある部屋の前で止まった。
扉には「高峯雪穂様」の張り紙がある。
「中へ」
それだけ言って、黒服は動きを停止した。
「入っていいんですか?」
「どうぞ」
ドアノブを掴む。
おそらくこの中には雪穂がいるのだろう。
張り紙に雪穂の名が書いているのだから間違いない。
かつてないほどに緊張している。
心臓がロックンロール状態で頭がハッピーセットだ。
「ええい、ままよ!」
思い切ってドアを開ける。
「久しぶり、こんな所に呼び出してごめんね、大吉君」
案の定、雪穂がいた。
島で会った時と同じ衣装だ。
「お、おおう……」
「どうしたの? 緊張してる? あ、髭を剃ったんだね!」
雪穂は後ろで手を組み、「むふふぅ」と笑いながら近づいてくる。
「連絡できなくてごめんね。事務所に禁止されていたの」
「そうだったのか」
「でも、もう大丈夫だから」
「大丈夫?」
「うん。だって――」
「雪穂、時間だ」
派手なスーツを着たパンチパーマのおっさんが扉を開ける。
先日、雪穂について調べていた時に見た顔だった。
彼女の所属する事務所の敏腕社長だ。
「分かりました。すぐに行きます」
「そうしてくれ」
社長の目が俺に向く。
「君が吉川大吉君だね」
「あ、はい、そうです」
「君には感謝と憎悪の気持ちでいっぱいだよ」
「えっ」
社長はスタッフを睨む。
「何をしているんだ。早く吉川君にスーツを着させろ。ちゃんと言っておいただろ。時間がないからメイクはしなくていい!」
「はい! 申し訳ございません!」
俺は複数のスタッフによって、上等なスーツに着替えさせられた。
何が何やら分からないが、それを尋ねられる状況ではなかった。
「馬子にも衣装だな」
そう言って、社長は去っていった。
「大吉君、すごく似合ってるよ。カッコイイ!」
雪穂が優しく微笑む。
それから彼女は「行こうか」と手を差し伸べてきた。
「あ、ああ……って、どこへ?」
とりあえず雪穂の手首を掴む。
「カメラの前」
「何か話せと言われても無理だぞ」
「分かってる。大吉君はその時が来るまで立っているだけでいいから」
雪穂に引っ張られて部屋を出る。
そこからは手を放して普通に歩いた。
「お待たせいたしました」
アナウンスが入り、雪穂と俺が入場する。
報道陣が一斉にフラッシュを焚いた。
チカチカし過ぎて失神しそうになる。
「あの少年は誰だ?」
「さぁ」
「なんとも冴えない男子だな」
報道陣は俺を見て首をかしげている。
俺も彼らと同じ心境だ。
自分の置かれている立場が分からなかった。
「お集まりいただきありがとうございます」
雪穂がマイクを持って話し出す。
その表情は真剣だった。
「皆様に大事なお話がございます」
カメラのカシャカシャ音だけが響く。
誰もが固唾を飲んで見守っていた。
今気づいたが、テレビカメラも何台かある。
目の前の報道陣だけでなく、テレビ越しに見られているわけだ。
数万、数十万、数百万、下手すりゃそれ以上の人から。
「先日の転覆事故に関して、私は地元の漁師によって発見、救助されたとの発表が所属事務所より出されましたが、あれは誤りになります。まずはそのことについて謝罪させてください。嘘の情報を発信してしまい、誠に申し訳ございませんでした」
雪穂が深々と頭を下げる。
俺を含めて誰もが驚きでいっぱいだった。
そのせいで、フラッシュ攻撃が時間差でやってきた。
「私を助けてくれたのは、こちらにいるYさんになります」
Yさんとは俺のことだ。
カメラが一斉に俺を捉える。
「今日は皆様に真実をお話させていただきます」
そして雪穂は、俺と無人島で過ごした日々のことを語り始めた。
一つ屋根の下で過ごしたことも、自分の意思でサバイバル生活を楽しんだことも、包み隠さず話した。
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