第5話:聖女の形見

「ほらっ、半分はお前の金だ」




 小銭入れから適当に半分ほど抜き取ると、それを聖女に投げ渡す。




「わわっ。ど、どうしてお金を……?」

「穏便に話をしたら、あいつが分かってくれて、慰謝料として金をくれたからだな」

「お、穏便……ですか?」




 聖女は疑問を浮かべながら、心配そうに小銭入れを受け取っていた。




「金は使うだろう? まぁ、持っておけ。いらないなら俺がもらうだけだからな」

「あっ……、はいっ、わかりました」




 聖女はギュッと小銭入れを握りしめていた。




「それより、フラフラとするな。ここではさっきの出来事は日常茶飯事なんだからな!」

「は、はい。アルクさん、すみませんでした……」

「とにかくこっちにこい。俺の家へ行くぞ」




 また余計なことをされては適わない、と聖女の手を掴み引っ張っていく。




「あっ……」




 小さく声を漏らす聖女だったが、それでも抵抗することなく俺の後を付いてきた。






◇◇◇






 ラクウェルの外れにあるボロ小屋じたくへとやってくる。

 本当に雨風がしのげるだけのとても人が住んでいるとは思えない、今にも潰れそうな家。

 それを見て、聖女はぽっかりと口を開けていた。




「あ、あの……、こ、ここがアルクさんの……?」

「あぁ、ここが俺の家だ」

「でもでも、触ったら壊れそうじゃないですか?」

「そんなことない。こう見えても意外と丈夫だ」

「ほ、本当ですか?」

「試しに叩いてみるといい。ビクともしないから」

「わ、わかりました……」




 聖女は拳を握ると、全力で家を殴っていた。

 もちろん、その力は弱く、人を殴ったとしてもまともに痛がることのないほどの威力……。

 ただ――。




 ミシッ。




「ひっ!? ごめんなさい、ごめんなさい。そ、その、本当に壊れるとは思わなくて……」





 嫌な音が鳴った瞬間に聖女は必死に頭を下げて、俺に対して謝ってくる。




「よく見ろ。家は壊れてないだろ?」

「た、確かに全壊はしてないですけど、もう壊れる予兆がありますよ!? 危険ですよ!?」

「少なくとも森の中にいるよりは安全だ。ほらっ、中に入るぞ?」

「ほ、本当に大丈夫……ですか?」




 恐る恐る中へと入っていく聖女。




 部屋の中には、やはり足が一つ欠けた椅子や、すっかり古くなってしまったテーブル。

 あとは、ベッドくらいしかない。



 これらも捨てられていたものを拾ってきただけなので、統一感は一切ない。

 そんな部屋を見て、聖女は苦笑を浮かべていた。




「あ、あははっ……。な、中々個性的な部屋ですね……」

「寝泊まりができたらそれでいいからな。とりあえずお前はここにいろ」

「あ、アルクさんは?」

「俺は今受けている依頼を片付けてくる。あとは納入して達成だからな」

「わ、わかりました。私はついて行かない方が良いのですよね?」

「――お前の職業は目立ちすぎる。正直、町を歩くだけでも危険だと思っている。まぁ、ここに教会の手が及んでいるものが来たら一目でわかるけどな」




 貧困街に神を崇拝している人間は一部だった。



 もう生きていけずに、死を待つだけの人間。



 そういう人物だけが神を信じている。

 あとは自分の力こそが全て。

 つまり、ここで神を信仰していて、普通に生きる希望を持っている人間がいたら、それは聖女の追っ手……ということになる。



 まぁ、そんな奇怪な奴がいたら、俺が探すまでもなく騒動になっているだろうけどな。




「で、でも、さすがに変装してくるかも知れないですし、そもそも教会の人が襲ってくるはず無いですよ」

「現にお前は襲われただろう?」

「あ、あれはきっとなにかの勘違いです」

「――勘違いで人は人を殺さない」

「で、でも、私に殺される理由なんて――」

「お前は聖女だろう? それを邪魔に思ったやつがいつ襲ってきてもおかしくない。それより俺は行くぞ?」

「あっ、い、いってらっしゃい……」




 聖女に見送られながら俺は自宅を出て行った。




◇◇◇




 ヴァンを探し始めるとすぐに彼の姿を見つけることができた。

 というよりも、向こうが勝手に俺のことを見つけてくれる。




「よう、アルク。戻ってきたか」

「――帰ってきて早々、嫌な顔を見てしまった」

「誰が嫌な顔だ!?」

「それより約束の一角ウサギだ。これでお前の頭に使う育毛剤を作ってくれ」

「おう! って、誰が俺の頭だ!?」

「んっ? 違うのか?」

「当たり前だ! 俺はただ剃っているだけだ! これはとあるお偉いさんから注文を受けただけだ!」

「――そうか」




 貴族の依頼なら受ける必要がなかったな……。



 なるべく表情に出さないようにしていたのだが、少し眉を潜めてしまったようで、ヴァンが補足をしてくる。




「おいおい、まさか貴族から受けた依頼だと受けないって言わないだろうな?」

「――受けない」

「まぁ、お前が嫌がる気持ちは良くわかるけどな。俺も嫌だ。しかし、ここはむしろ貴族がほしがっているものを高値で吹っ掛けてやる方が、貴族にダメージを与えられるとは思わないか? それに自分の懐も潤う」

「結局お前の目的はそれなんだろう? まぁ、俺は俺の受けたい依頼を受けるだけだ。それより払う物があるだろう?」




 俺は手のひらをヴァンへと向ける。

 すると、ヴァンは俺の手に金貨を握らせてくる。


 逃げ足が速いだけの一角ウサギの相場は銅貨五枚。

 まぁ、指名の依頼だったことを考えると一匹当たり銀貨一枚が妥当なラインだった。


 しかし、ヴァンが渡してきたのは、銀貨十枚分にも当たる金貨だった。




「――多くないか? これを貸しにしようとしてるなら……」




 俺が渡したのが一角ウサギ五匹なので、どう見積もっても二倍の額を払ってきている。

 だから、ヴァンに反論しようとすると、彼は口を挟んでくる。




「だからさっきも言っただろう? 貴族のやつから多めに金を巻き上げるからな。その分、色を付けただけだ。貴族の依頼ということを黙っていた迷惑料も込みだ」

「――そういうことか。わかった」




 理由が納得できるものだったので、俺はそのまま金貨を小銭入れへと押し込んでいた。




「金貨をそんな乱雑に扱えるのはお前だけだよな」

「――何か問題でも?」

「いや、なんでもねーよ」

「そういえば、お前に値段を見てもらいたい物があるんだった」

「ほぉ……、お前が珍しいな。どれだ?」

「――これだ」




 そういうと、俺が取り出したのは聖女の報酬としてから受け取った指輪だった。

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