第3話:元聖女

「元聖女……? どういうことだ?」

「えっと、私はビレッダ公国にある大教会で聖女をしていましたリーナと言います」

「――あぁ、俺はアルクだ」




 腕を組み、口数少なめに自己紹介だけする。




「それで、私もよくわかっていないのですけど、いつものように神の御言葉を聞こうと祈りを捧げていたんですよ」




 神……と言う単語を聞くと、チクリと胸が痛む。

 そして、今は服で隠れている左の腕を見てしまう。

 邪神の加護たる印が浮かび上がっている部分を――。




「すると、突然教会が襲われて、守っていた騎士の人たちが私を逃がしてくれて……。相手が誰かもわかっていないんです。ただ、教会を一瞬で落とせる程の力を持った人たち……としか」




 要は何もわかっていない……、ということか。

 これならさっきの男を捕縛した方がマシだったかも知れないな。



――大教会を落とせるほどの戦力を誰にもバレずに準備できるのだろうか?



 教会が完全に落ちたとなると、ルグルド王国ここまで伝わっていないのはおかしいし、そもそもヴァンが情報を仕入れていないのはもっとおかしい。



 つまり、襲われたのは聖女のみ。

 教会はグルで、一部の騎士だけが聖女の味方をした。

 そして、後に残された教会の人間たちが事を隠蔽した。

 そう考えるのが自然のように思える。




「元聖女……ということは、新しい聖女が既にいるのか?」

「あっ、はい。誰かは知らないのですが、さっき追っ手の人たちが言ってたんですよ。『お前は偽の聖女だ! 真の聖女様は既にいる!』と」




 なるほど……。やはり、教会の裏切り……とみて間違いなさそうだ。

 すでに傀儡かいらいとなる聖女も用意しているようだ。




「私は国を売った聖女……らしいです。ただ、毎日真剣に祈っていただけなのに……」




 リーナが顔を伏して、悲しそうな表情を浮かべる。


 ただ、この世の中、裏切りはよくある話だ。


 自分に益がない人間は切る。

 生きて行くには当然のことである。


 そして、この聖女は何らかの理由で切られたのだろう。

 まぁ、これ以上は俺の知ったところではない。




「――それじゃあ、俺は行く。また縁があったらどこかであるだろう」

「あっ……」




 その場を去ろうとすると、聖女は小さな声を漏らして、俺の服を掴んでくる。

 その様子に思わずため息を吐いてしまう。




「まだ何か用があるのか?」

「あ、あの……、よ、よかったらなんですけど、途中までご一緒しても良いですか?」

「――どうして?」

「そ、その……、ま、また襲われるかも知れませんし……、あのあの……」

「いや、どうして俺がお前を護衛しないといけないってことだ」

「や、やっぱりだめでしょうか……?」

「俺は飯の種にならないことはしない」




 行動の理由はあくまでも自分のため。




「そ、それじゃあ、お金を払ったら私を護衛してくれるのですか?」

「――お前、金はないんだろう? さっきの追っ手を追い払うのにも、身につけていたネックレスで払っただろう?」

「あうぅ……」




 聖女はがっかりと肩を落としていた。

 その様子からもネックレス以上のものは持っていなさそうだった。


 ポンポンと貴金属が飛び出してくると逃走中の身……、という部分も疑いたくなるが、そういったことはないようで、ひとまずは安心だった。


 おそらく、思ったことの表情を隠すことができないのだろう。




「それにこんなところで金を使ってどうする? お前はこれから一人で生活をしていかないといけないんだろ? しかも、逃走生活だぞ? まともな職に就けると思うなよ?」

「そ、それは、ルグルド王国の教会へ行ったら――」

「既に手を回されているだろうな。罪に問われてさらし首にされるか、内々に処理されるか。まぁ、裏切り者の末路なんてそんなところだ」




 俺みたいに、『聖女』という位を恐れて、遠方の地へ捨てる……というのも、一手段ではあるが、追っ手を差し向けてきたところを見ると、それは限りなく少なそうだった。




「うっ……。わ、私はこれからどうしたら……」

「そういうことだ。じゃあな……」




 今度こそ去ろうとして、再び服を掴まれる。




「――まだ用があるのか?」

「あのあの……、こ、これでお願いできませんか? その、私の護衛を――」

「なんだ、まだ出す物があったのか?」




 聖女が差し出してきたのは、小さな宝石が付いた指輪だった。

 透き通った空色の宝石は、中に文字が浮かび上がっている。


 ただ、それは見たこともない文字で、俺には意味を理解することはできなかった。


 しかし、宝石付きの指輪ならそれなりに価値はあるものだろう。

 ただ、少女は本当に惜しそうにそれを差し出している。


 形見とかなのかも知れない。

 まぁ、俺の知ったところではないが。



「報酬としては妥当だな。ただ、問題は護衛の期間だ。俺はいつまで護衛をしたら良い?」

「そ、その……、私がルグルド王国の王都にある教会へ行って話をするまでお願いしてもいいですか?」

「――まだ教会へ行くのか!? 行っても殺されるだけだぞ!?」

「いえ、きっと何かの間違いです。教会の人が裏切るなんてそんなことあるはずないですから……」




 聖女の目は真剣そのもので、その目的に嘘偽りがないとわかってしまう。


 これだけの目に遭いながら、まだ教会の連中を信じているようだった。

 どうせ裏切られるだけなのに……。

 人を信じてもいい事なんてないのに……。


 しかし、それは思い知らせないとわからないのかも知れない。




「――わかった。教会までだぞ? そこにお前を送り届けたら依頼は完了だ。それで良ければ引き受けてやろう」

「は、はいっ! ありがとうございます!」




 聖女はうれしそうに笑みを浮かべてくる。




「なら行くぞ。こんなところに長居しても仕方ないからな」




 俺はさっさとラクウェルへ向けて歩き出していた。




「あっ、ま、待って下さい……」




 俺の後ろを聖女が急ぎ足で追いかけてくる。






◆◆◆





「なに、聖女を取り逃がしただと!?」




 追っ手から報告を受けていた神官の男は、驚きの表情を浮かべる。

 既に聖女を護衛する騎士は倒すか買収を終えている。


 聖女に味方する人間などいないはずなのだ。


 そんな状態であるにも拘わらず、聖女を逃がす。

 なんたる怠慢。

 さすがにこの状況を見過ごすわけにはいかなかった。




「まさかお前たち、わざと聖女を逃がしたのか!?」




 唯一考えられる可能性がそれだった。

 そもそも聖女を信仰して、教会へ加わっているものは多数いる。


 前聖女を裏切りの徒として、新聖女を立てたとしても未だに前聖女のことを嘆く人間もいる。


 だからこそ、そういった裏切りの目は早めに潰すより他なかった。




「ち、違います。私はそんなこと、全く考えていません」

「いや、信じられん。誰か、こいつを懺悔室へと連れて行け!」

「ざ、懺悔室!? い、嫌だ……。あ、あそこだけは……」




 懺悔室とは名ばかりの、拷問部屋。

 しかし、表向きにそのことを出すわけにはいかない。

 だからこそ、こういった名前を使っていた。


 しかし、教会で働いているものは誰しも知っている。


 教会の人間は誰も神を信仰しておらず、欲と権力にまみれた場所であることを――。


 連れて行かれた男を眺めながら、神官は呟く。




「――他国へ逃げられたのは厄介ですね。一応、全ての教会へお触れを出しておきましょうか。魔法による伝達なら聖女がたどり着くより早く連絡が届くでしょうから。『聖女を騙る邪教徒が現れたので注意されたし』っと。これでいいでしょうね」




 神官はニヤリと微笑んでいた。

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