第2話:聖女と遭遇

 エリスの森。

 ルグルト王国西南に位置する大森林である。

 ここには様々な魔獣が徘徊し、森の奥へ行くほどにその強さは増している。


 そして、奥に行けば行くほど、陽の光も当たらなくなり、暗くじめじめした道を進むこととなる。

 そもそも踏み固められた道はなく、かろうじて人が通れるほどの獣道を進むこととなるのだが。



 エリスの森はラクウェルの街からは大体徒歩で三日ほどの距離に位置している。

 かなり距離が近いので、度々森を抜け出した魔獣がラクウェルの街を襲おうとして、返り討ちにあっている。



 ただ、これはあくまでもさまよい出た一体の魔獣だからで、わざわざ大森林に出向いてまで魔獣を狩ろうとする酔狂な人間はいなかった。

 俺以外は――。







「全く……。一角ウサギくらい自分で狩れよ……」




 エリスの森へたどり着くと、あまり森の奥へ入らないように警戒しながら、獲物を探す。



 中々にすばしっこい一角ウサギは、狩るのにそれなりに時間がかかるのだ。



 今回みたいに指名されて出向いた場合は割増料金を取るが、そうでもないととても捕まえる気にもならない魔獣だった。



 ただ、あまり強くない魔獣で、尖った鋭い角さえ気をつければ、あとはどうとでもなる。

 むしろ、すぐに逃げ出すので、そちらの対策の方が大変なほどだった。



 罠を張るか、逃げ出す前に素早く倒してしまうか。



 もちろん俺は後者を選んでいる。


 不特定の相手を狙うなら罠でもいいが、一角ウサギだけを狙うとその方が効率が良かった。




「これで三匹……か。まぁ、五匹ほど狩っていけば良いだろうな」




 案外あっさりと一角ウサギを狩ることができていた。

 そのことに違和感を覚えていた。




――おかしい。一角ウサギクラスの魔獣なら、狩られないように極力気配を消す。

 それが、今日はまるで気配を消す素振りはなく、何かから必死に逃げている様子だった。




 この森で何か異変が起きているのかもしれない。

 ただ、狩りがやりやすくなるなら、俺としては歓迎だった。



 すると、誰もいないはずの森の奥から、人らしき影が走ってくる。

 それを見た瞬間に俺は短剣を持つ手に力が入る。

 誰かが俺を襲ってきたのかと思ったが、実際は全くの逆だった。


 走ってくるのは泥で汚れた白いローブを着た少女だった。

 すっぽりと顔をフードで覆っているために、その表情は見て取れない。


 しかし、誰かに追われていることだけはわかる。

 その少女の後ろには、仮面で顔を隠した二人の人物が駆けてきているのだから。

 そして、彼らは殺気を出している。




「はぁ……、はぁ……、た、助け……」




 少女は必死に走り、助けを求めてくる。




――厄介ごとに巻き込まれそうだな。




 当然ながら助ける理由もない。

 また、この少女が金を持っているとも思えない。


 つまり、相手にするだけ時間の無駄だろう。

 そんなことをしている暇があったら、さっさと一角ウサギを狩った方が有意義というものだった。


 そんなことを思っていると、少女の後ろにいた人物たち――その低い声から男だとわかるが、彼らは俺のことを見た瞬間に睨み付けてくる。



 おそらく少女を助けるとでも思ったのか。

 それとも見られたからには殺そうとしてくるのか。



 どちらでも面倒ごとになりそうだ。

 この場はさっさと去るに限る。




 俺は気配を消し、逃げる態勢を取るが、その瞬間に男たちから興味深い話が聞こえてくる。




「――聖女の仲間か?」

「どちらにしても見られたからには殺すしかない」

「――だな」




 聖女……?




 神の御使いで、人々から羨望の眼差しを向けられる人物。

 まかり間違ってもこんなところで命を狙われる人物ではない。



 そもそもどうしてこんなところに聖女がいる?

 出歩くなら護衛がいるはずじゃないのか?



 ただ、言われてみると汚れているものの少女の姿は、聖女らしくもある。



 それがこんなところで追われる身となっているんだ?



 不思議に思い、逃げるタイミングを失ってしまう。

 既に目の前に聖女の姿がある。




「た、助けてください……」

「――はぁ……、金はもらうからな」

「は、はい!」




 本当なら聖女なんて助けたくはなかった。

 しかし、既に敵として見られているのなら、どちらにしろ相手にしないといけないわけだ。


 それなら、少しでも俺に益があるほうがいい。

 あとは、この聖女(仮)が本物なら色々と話を聞きたい。




 どうして追われているのか、とか。

 なぜ邪神は人から忌み嫌われているのか、とか。




 ただ、神の御使いたるこの少女はある意味、俺の敵だ。

 聞きたいことを聞いたら、あとはここに放置しておけば良いだろう。


 とにかく今は追っ手の相手からだった。



 相手は身のこなしから見る限り、達人という風には見えない。

 数では相手の方が多いが、どうってことはないだろう。


 追っ手の前に立ち塞がると、聖女は不安そうにギュッと胸元で手を握りしめていた。




「やはり、聖女の仲間だったか」

「――いや、違う。でも、みすみす殺されるつもりもないからな」




 俺は追っ手の二人を睨み付けると、短剣を構える。




「ど、どうせ素人だ! もう、聖女を護衛するような奴はいないはず――」

「試してみるか?」




 男が慌てている間に、その懐へと入り込み、そのまま剣を握りしめる手に斬りかかる。




「ぐっ……」




 切られた男はそのまま剣を落とし、血が流れ出る腕を押さえていた。




「お前たち程度じゃ何人束になろうと俺の相手じゃない。まだやるのか? 次はその喉に短剣これを突き立てることになるが?」




 ニヤリと微笑むと、追っ手たちは小さな悲鳴を上げていた。




「お、俺たちだけじゃ適わない。応援を呼ばないと……」

「し、しかし、このままだとルグルト王国に逃げられて、手を出せなくなるぞ?」

「お前たち……、勘違いしているかも知れないが、エリスの森は既にルグルト王国の領内だぞ? だから、俺はただ密入国してきている不審者を退治しているだけだな」

「ぐっ……。し、仕方ない。いったん引くぞ!」




 男たちは大急ぎで逃げ去っていった。







 その後ろ姿を見て、聖女は安堵からその場に座り込んでいた。

 しかし、すぐに俺の方を振り向くと、フードを取り頭を下げてくる。




「あ、ありがとうございます。おかげさまで助かりました」

「いや、別に助けたわけじゃない。金の分の働きをしただけだ」

「そ、そうでしたね。えっと、お金……ですよね」




 聖女はバツが悪そうな表情を浮かべる。

 それを見ただけでこの少女がろくに金を持たないことがうかがい知れた。

 そもそも、追われていた聖女が碌なものを持っているはずもない。


 ただ、この少女の容姿ならそれなりの値段で売ることは出来るだろう。



 フードを取ったことで、少女の容姿を見ることができた。


 銀色の長い髪と碧色の瞳を持ち、幼いながらも顔立ちは比較的整っている。

 背は小柄ながらも女性らしさもしっかり持っており、かなりの美少女だとわかる。


 そして、何より聖女(仮)の称号だ。

 物珍しいそれによって、おそらくかなり高値で売ることが出来るはず。


 そう思っていると、彼女は首に付けていたネックレスを渡してくる。




「その……、お金じゃないですけど、これでよろしいですか?」




 様々な宝石がちりばめられたネックレス。

 確かにこれなら追っ手あいつらを追い払った分の金……、いや、それ以上になるだろう。

 報酬としては十分だった。




「――わかった。今回はこれで手を打ってやる」

「あっ、はい。本当にありがとうございます」

「それより、さっきのあいつらが言ってたが、聖女なのか?」




 すると、少女は苦笑を浮かべながら答える。




「はい……。私は聖女……、いえ、元聖女のリーナといいます」

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