黒衣の聖騎士〜邪神の加護を受けし少年、聖女の騎士となる〜

空野進

第1話:プロローグ

――この世の誰も信用できなかった。



 物心ついてすぐに捨てられた俺。

 理由はただ、邪神の加護を持っていたから。


 そのことが分かった瞬間に有無を言う間も無く、貧困街にあるボロ小屋に捨てられていた。


 一体俺が何をしたのか……。


 ただ、捨てられる前に向けられた蔑みと恐怖の入り混じった視線。

 それを実の両親から向けられたことから、俺の心は荒んでいた。


 両親やつらは俺が勝手に野垂れ死ぬことを望んだようだ。

 自分から手を下さないのは、邪神の力を恐れたからだろうか?


 でも、両親やつらの思惑通りになってたまるものか! 

 俺はどんなことをしても生き延びてやる!


 それから俺は泥水を啜り、残飯を漁り、時には町の外で魔獣と死闘を繰り広げた。

 何度も死ぬかと思ったけど、それでも十八歳まで生き残っていた。


 いや、いまだに貧困街から抜け出せないのは自分に力がないからか?


 とにかく俺一人で生き延びて、両親やつらや邪神などという目に見えない神を排除しろと広めている連中に復讐をしてやる。

 そのためには今は力をつけないと……。


 この頃の俺はそう思っていた。

 亡国の聖女と呼ばれる少女と出会うまでは――。





◇◇◇◇◇





 俺はアルク。

 一応侯爵の出なので、下の名前もあることはある。

 ただ、忌むべき名として人前でそれを名乗ることはなかった。


 今はルベルト王国のカースト最下位。

 貧なる者たちが集う、略奪と暴力の町である貧困街ラクウェルの外れに居を構えていた。




 ここでは力こそが全て。

 明日ともしれぬ人々が暮らす町であるが故に、俺が邪神の加護を持っていることを気にする人間はいなかった。



 その分、生きていくには、自分で糧を得るしかない。

 そんなラクウェルが俺にとっては住み心地が良かった。



 物心ついた時より、生き残るために鍛えてきた俺に敵う奴は、この貧困街ではほとんどいない。



 そんな俺の力を頼り、様々な依頼を投げてくる貧困街の人たち。

 いつしか俺はここの便利屋的な存在になっていた。



 もちろん、しっかりと対価は頂く。

 むしろ、生き延びるためには必然で、それが払えなかった奴らの身ぐるみを剥いだ上で、奴隷商に売り払ったことも一度や二度ではなかった。



 勧善でしているわけではない。

 あくまでも生活費と稼ぐ手段として、依頼を受けているだけだから――。



 そこに一切の信頼関係はなく、あくまでも利害だけの繋がり。



 信用はできずとも、一人で生きていくこともできない。


 だからこそ、使えるものは使うだけだった。







 今日もまた一人、俺に依頼をしてくるやつがいた。




「よう、アルク。今は暇か?」

「――忙しいな。これから酒場で一杯やりに行くところだ」

「それを暇って言うんだぞ? 一つ依頼を頼みたいがいいか?」

「――面倒だ」




 親しげに話しかけてきたこの男の名前はヴァン。

 頭はスキンヘッドで、革のジャケットと傷が入ったパンツ姿は町のごろつきと変わらない。

 俺よりも一回りも年上の人物だ。


 しかし、こんななりでも商いを営んでいる、貧困街では珍しい金を持っている男だった。




 今までにも何度か依頼を投げてきた人物ではあるが、なかなかいい金払いのお得意様だ。

 妙に馴れ馴れしいところさえ我慢すれば……だが。





「そう言うなよ。これはお前にしか頼めない依頼なんだ」

「――内容は?」

「ここではまずい。ついてきてくれるか?」




 今は往来のど真ん中。

 金になりそうなことに目がない奴らが目を光らせている。

 流石に内緒話をするには、ここ以上に不適合な場所はないだろう。




「――仕方ないな」




 そう言いながら俺は手のひらを上にして、差し出していた。


 詰まるところは金だった。

 内緒話をするのも時間を使う。


 すると、ヴァンはため息を吐いていた。




「はぁ……、わーったよ。ほらっ。これで話を聞いてくれるな?」



 銅貨を指で弾いてくる。

 その音を聞き、周りにいた奴らが反応を見せていたが、俺がすんなりその銅貨をキャッチするところを見て、興味を無くしていた。


 もし落としでもしようものなら、その瞬間にこの銅貨に群がっていただろう。


 落とし物は拾った者の持ち物。

 それがこの貧困街での暗黙のルールであるが故に。




「――安いな」

「話を聞くだけなら妥当だろう? 信頼できる酒場に連れて行く。そこの飲み食いも払ってやる」

「分かった」




 お互い、折り合いがついたことで俺はヴァンの後をついて行く。


 薄暗い路地に入り、看板も上がってない建物の中へと入っていく。


 襲うにはうってつけの場所だ。

 恨みを買うようなことはしていない……ということはないが、俺の実力を知って襲ってくるとは思えない。

 しかし、警戒をして損はない。


 懐に隠し持っている短剣に手を添える。




「安心しろ。お前を襲おうなんて奴は、このラクウェルにはいねぇよ」

「……」




 俺の殺気に気づいたようだ。

 もちろん、わざと出している。


 こうすることで、手を出したらタダじゃ済まさない、と思い知らせるため。


 実際に暗殺をするつもりなら、逆に気配は消す。


 ただ、俺は殺しだけはしなかったので、その機会はほとんどなかったが。




「とりあえず、中に入るぞ?」

「――あぁ」




 店に入るヴァン。その後に俺も続く。







「――中はちゃんと酒場になっているんだな」




 店内を見渡した俺の感想がそれだった。

 表向きは民家にしか見えなかったのだが、中はしっかりと酒場のそれになっている。


 席はテーブルが二つとカウンター席が四席。

 人はあまり多くは入れないようになっている。

 料理の匂いがほとんどせず、中にいる客が酒しか飲んでいないのは少し気になるところだが、おそらくは常連しか知らない隠し酒場というところだろう。


 ヴァンと二人、テーブル席に座る。



「あぁ、俺のとっておきだ。特に隠したい話をするときはここへ来る」

「――客がゼロ、と言うわけにはいかないんだな」

「流石にここラクウェルで、人がいないところを探す方が無理だ。まだここは口が固い奴らしか来ないだけマシだ」

「まぁ、俺にとってはどちらも変わらんけどな」




 話を隠したいのはあくまでもヴァン側の事情。

 俺はただ依頼内容を聞けたら、それでよかった。




「――それで依頼の内容は?」

「まぁ、待て。マスター、俺にはいつものやつを。こいつにはミルクでも持ってきてくれ!」

「ちょっと待て! 俺もお前と一緒の酒で構わない」

「子供っぽいなりをしてるんだから、子供らしい飲み物を飲んでおけば良いものを――」

「――帰る」




 俺は立ち上がるとそのまま店を出ようとする。

 確かに俺は同世代に比べると小柄な体型をしていた。

 背は低く、体の線も細い。


 また、この辺りでは珍しい黒髪の持ち主でもあった。

 それは、おそらく邪神の加護によるものだと思われる。


 裏切りの色である黒。

 だからこそ、俺は好んで黒の外套を着用していた。




「待て待て。すまん、からかいすぎた。まだ本題に入っていないんだ。座ってくれ」




 ヴァンが再び座るように促してくる。

 ため息交じりに席に着くと、そのタイミングで酒が出される。




「――雑談するためにわざわざここに連れてきたのか?」

「そんなことあるはずないだろ? 誰にも言うなよ?」

「――俺に言う相手がいるとでも?」

「違いねぇ。だからこそ俺も安心してお前に頼めるんだ」

「――話はそれだけか?」




 俺はグイッと酒をあおるとそのまま席を立とうとする。




「待て待て、話はこれからだ。お前への依頼だが、国外れのエリスの森は知っているだろう? いつもお前が魔物を取ってくる場所だ」

「もちろんだが……」

「そこで、一角ウサギを狩ってきて欲しいんだ」

「――それだけか?」




 わざわざ場所を変えてまで話をしたのに、依頼内容は単純で拍子抜けしてしまった。

 要はいつもの討伐依頼というやつだった。




「それだけってな……。あのな、一角ウサギの角は万能薬になるという話だぞ!? これほど貴重な物があると思うのか!?」

「へぇ……、それは初めて聞いたな。――で、本当は何に効くんだ?」




 本当になんでも治す薬になるのなら、もっと大騒ぎになっているはずだった。

 つまり、何かを隠しているに違いない。

 すると、ヴァンはバツが悪そうに頭を掻きながら言ってくる。




「誰にも言うなよ?」

「――二回目だ。だから俺に頼むんだろう?」

「実はだな。一角ウサギの角は育毛剤になるらしくて――」

「――わかった。数匹狩ってこればいいんだな」




 残りの酒を飲み干すと、俺は席を立っていた。

 思わずため息を吐きたくなりそうになるのを堪えながら。




◆◆◆




「はぁ……、はぁ……。は、早く逃げないと……」




 銀色の長い髪をなびかせて、白銀の衣装を身に纏った少女は必死に走っていた。

 既にどのくらい走っているのかはわからない。

 回りは薄暗い森の中で、ここを抜けると隣国のルベルト王国へとたどり着く。



 さすがに追っ手も、別の国では易々と手が出せないはず。

 そう信じて、ただがむしゃらに走っていた。



 既に少女の回りには誰もいない。

 全員その身を犠牲にして散っていったのだ。

 だからこそ、少女はなんとしても生き延びなければならなかった。




 ――たとえ、亡国の聖女と蔑んだ名称で呼ばれようとも。

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