2-1. アニウの秘密

【クスク村周辺地図】

 ①②③

 ④⑤⑥

 ⑦⑧⑨


 ①……???

 ②……???

 ③……???

 ④……『水精の滝壺』 ←〈現在地〉

 ⑤……『大猪の森』

 ⑥……???(広大な雪原)

 ⑦……『長老小屋』

 ⑧……『クスク村』

 ⑨……『雪神の祠』


 ────────────────────


 前話の後、一度セッションは中断となった。そして少し期間を空け、別の日に再び同じPL達が集まり、セッションは再開された。


 GM:という訳で、現在は遺体捜索開始から二日目の朝の行動(滝壺の『探索』)が終わり、昼過ぎになった頃だ。君たちとアニウは湯から上がって着替え終わっており、温泉になっていた滝壺も今はすっかり冷め切って、薄く氷が張り始めている。

 ツバキ:それよりGM、前回の最後にツバキが聞いたヴァンニクの話なんだが、他の冒険者全員に共有した事にしていい?

 GM:アニウには隠して、それ以外の全員には伝えておくって事だね。

 ツバキ:そういうこと。

 GM:いいよ!じゃあ改めて、ヴァンニクが一体どんな事をツバキに囁いたのかリプレイしてみよう。


 ヴァンニクが語った内容は、次の通りだ。


 ----------------------------------------

 ──スカディ様はね、この山に来てからずぅっと、ある二つの約束を守り続けてきたの。

 その約束っていうのは、『綺麗な透き通った冠を被ってやって来た者の願いは、できる限り叶える』『そうでない者の願いは、何であっても叶えない』というものなんだって。

 むかーしむかし、スカディ様が吹雪を押しのけて小さな国を作ろうとした時に、その国の一番最初の王様と交わした約束らしいよ。


 でも、スカディ様はその約束を破っちゃったんだって。


 ある時、昔はスカディ様の国だった場所にある小さな村に、一人の人間がやってきたの。そう、わたしと仲がいいあの人間の狩人!

 それで、その人間は村の女と結婚したけど、中々子供を授からなかったらしいのよ。それで毎日、村の東の外れにあるスカディ様の祠にお参りに行ってたそうよ。どうかそのお力で、子宝を恵んでください……って。


 スカディ様は最初は聞く耳をもたないつもりだったけど、毎日毎日その人間の祈る声を聞いてる内に、次第に迷うようになったの。というのも、その人間が、むかーしむかしの、スカディ様の国の一番最初の王様にそっくりだったのよ。


 ついにスカディ様は折れて、『妖精の取り替え子チェンジリング』の秘術を使ったわ。人間の妻のお腹の中に、自分の分身を赤ん坊として宿させたの。人間とその妻は大喜びだったそうよ。スカディ様の秘術はまるで奇跡のようだったから。


 でも、スカディ様は大いに悩んだというわ。自分が定めてずーっと守り続けてきた大事な約束を、一つ破ってしまったんだもの。そして悩んで悩んで、最後には決めたわ。全てを無かった事にして、赤ん坊になった自分の分身を、自分の元に戻そうと決めたのよ。


 そう、『妖精の取り替え子チェンジリング』の秘術は、赤ん坊を宿させた所で終わりじゃないの。赤ん坊はしばらくは人の子として育つけど、時が来たらあっという間に自分が妖精だったことを思い出して、私たち妖精の世界に飛び立ってしまうんですって。そうすると、その時にその子の周りにいた人々は、少しずつその子の事を忘れていって、しまいには誰もその子のことを覚えていなくなるらしいわ。


 スカディ様はその赤ん坊が勝手に『羽化』してどこかへ飛び立ってしまう前に、自分から迎えに行って氷の宮殿に連れて行くつもりみたい。『もう少しで迎えの準備が整う』って、フラウ達が話しているのを聞いたもの。そうして妖精に戻った自分の分身と、また一つになろうとしているんだと思うわ。


 それにしても、私ったら……。まさか時々滝壺に傷を治しにやってくる狩人がその人間だなんてその時は知らなくて、酔っぱらった勢いでうっかり彼に話してしまったのよ。今の話、全部をね。そう、今みたいに、あの人間の耳元で囁いたのよ。

 ----------------------------------------


 GM:こんな所かな。

 リューラ:おぉう……。チェンジリングか。なるほど。

 ステラ:いやぁ、どう見てもアニウの事だよね、これ。

 サー:これはカニクさんも焦りますね。娘が近い内に突然いなくなって、しかも自分達の記憶からも消えていくなんて知ったら……。

 ツバキ:こっちはこれを黙って抱えて数日間を過ごしたんだ。

 リューラ:お疲れ……。

 サー:お疲れ様です……。

 GM:それでは改めてセッションを再開しようか。今は二日目の昼過ぎ、場所は『水精の滝壺』エリア(④)だ。


 まず、GMは冒険者達に〔魔物知識判定〕を二回振らせた。前回ヴァンニクの会話に出てきた『フラウ』と『シルフ』、二種類の妖精に対する知識を持っているかどうかの判定である。結果は無事どちらも成功、それぞれ『雪女』『風を操る悪戯好き』といった大雑把な特徴や、魔物としてのデータが開示された。


 ステラ:「フラウも、シルフも……私たちの敵じゃない」もし戦う事になっても、あっと言う間に蹴散らせると思う。あのイノシシより大分弱いし。

 サー:「そうであるな!10体くらいで掛かってこられると流石にきついが、その半分程度なら問題ないのである!」

 リューラ:「まぁ、あのイノシシみたいなのがもっと出てくるかもしれないわね。仮にも相手はこの辺りの山の支配者みたいだし」

 ツバキ:「フラウ達は、おそらく格下な相手への折檻役、もしくはメッセンジャーといった所だろうな。……それより皆、聴いてくれ」と、アニウに聞こえないようにさっきのヴァンニクの話を共有した事にしよう。

 GM:OK、ではさっきの内容をステラやサー、リューラもばっちり記憶できた。


 何も知らないアニウに待ち受ける未来についての情報を共有し、四人はひそひそと今後の方針を改めて相談し直す。


 GM:君たちに「少し冒険者同士の相談があるから、遠くで待っているように」と言われたアニウは、少し寂しげにしつつも君たちから大分距離を取ってぽつんと立っている。では相談どうぞ!

 ステラ:「どう……すれば、いいんだろう。私たち……」途方に暮れている。

 サー:「それは、無論……アニウを救わねばなるまいよ。我々は人々の救済の為に冒険者をやっているのであるからな」ステラの頭を撫でる。

 リューラ:「でもスカディは余りにも強大よ。イノシシの他にも強力な眷属がいるかもしれないし、こっちとの戦力差があり過ぎるわ。確かに冒険者として、引き際は見極めるべきよ」というか、まともに戦ったら全滅もあり得るんじゃない?

 サー:「だとしても……とは、言えんか。私とて、目に映る全てを救い切れるとは思っていない。しかし、なぁ……」悔しげに腕甲ガントレットの中で拳を握りしめる。

 ツバキ:「……いや、合理的に考えても、俺たちはアニウを救わなければならない理由がある」

 サー:「む……?」

 ステラ:「理由って……?」


 ツバキの説明はこうだ。アニウが妖精と化して皆の記憶から消えるならば、恐らく彼女に関わった自分たち冒険者の記憶からも消えるだろう。無論、アイゼンやラッセルは尚更のことだ。そうなれば、そもそもアニウがいなければ起こり得なかった『カニクの遺体捜索』という依頼の存在自体を、この村にいる誰もが忘れてしまう可能性が高い。


 ツバキ:「俺たちは今回の準備の為にずいぶん金を使った。それが無意味になってしまえば、俺たちパーティーの財産はかなり危険な水準まで落ち込む事になる」

 GM:付け加えれば、アニウが直接何もしていないアイゼン代筆の依頼書を読んで冒険者ギルドに登録した職員は、何の影響も受けない可能性があるよ。そうなった場合、君たちパーティーは全く身に覚えのない依頼をいつの間にか受けていて、そして不渡りを出してしまう事になる。

 ステラ:名誉点とか、冒険者ランクとか下がりそう……。

 リューラ:たしか罰金もあったような気がする。

 サー:よし……。「むむ、確かに色々と不味そうである。だがどうするのだ?流石に正面切って戦いを挑む訳にはいくまいし、そもそもアニウをどうやって妖精化から守ればよいのだ」

 ツバキ:「それについては……かなり分が悪い賭けになるが、策がない訳じゃない」

 リューラ:待って、ちょっと分かったかも。「もしかして、『果てのユカラ』を使ってスカディと交渉する?」

 ツバキ:ゆっくり肯く。「そうだ。『妖精の取り替え子チェンジリング』の呪いがスカディによる物である以上、スカディはそれをどうにかする方法を知っている可能性がある。……もしかすると、それが書いてあるのがカニクが破り取ったページだったのかもしれない」

 ステラ:「あっ、そうか……『果てのユカラ』を被った人の願いは、絶対に叶えてくれる……きっとカニクさんは、それを信じて……」

 サー:「ふむ。つまりどういう事であるか?」

 ツバキ:「二つの絶対的な約束のうち片方を破った結果、全てをなかった事にしてまで約束を違えた事実を消そうとするような存在だ。もう一つの約束の方まで破ると思うか?」

 サー:「なるほど……いやしかし、確実に願いを叶えてくれるとは限らないであろうな。過ちを繰り返す者もいる」

 ツバキ:「だから分が悪い賭けになると言ったんだ。まず宝冠が都合よく俺たちの手に収まるかが分からないし、首尾よく入手した所でスカディが一度破った太古の約定を守ってくれるかどうかも分からない。おまけに、もしそれらをクリアしたとしても、スカディがアニウを人間に固定できる方法を知っているかは分からない。つまり三つの壁がある」

 GM:素晴らしい話の整理整頓をありがとう!まさしく、君たちの現状はその通りだ。アニウを助ける為に必要な情報がまだ足りていないし、付け加えるなら、そもそもアニウがいつ妖精として『羽化』してしまうかも不明だね。


 この後もしばらく相談を続け、最終的に彼らは今後のパーティーの方針として次を定めた。


 ----------------------------------------

 ・最終目的 ……アニウを救い、カニクを回収し、ギルドから報酬を貰う。


 ・そのために必要なもの

(1) ……宝冠『果てのユカラ』

 →これはカニクが持ち出したとほぼ断定。ただし、現在位置は不明。もしカニクが生存したまま『推定:雪神の城』(②)へ既に辿り着いていたなら、スカディはとっくの昔にアニウを直しているはず。今になって迎えのイノシシを寄越している事も確認されている為、カニクはスカディへの請願の旅に失敗したか、あるいはスカディが宝冠について自らが定めた約定を無視した可能性がある。前者の場合はスカディへの効果がある可能性が残されているため、できる限り道中で探しておく。


(2) ……カニクの遺体

 →これは『推定:雪神の城』(②)にあるとほぼ断定。ヴァンニクの話によればスカディはカニクに少なからず執着していたらしいので、彼が道半ばで斃れるようなことがあれば、スカディの習性からして必ず遺体を探し出し、自らの宮殿に回収するだろうからだ。もし万が一生きていたとしても、宮殿に囚われている可能性は非常に高い。その為、捜索優先度は低い。ただ、最終的にスカディから返却されなければ依頼達成ができないため、確保は必須。


(3) ……破り取られた本のページ

 →場所は不明。最有力なのはスカディの宮殿だが、イノシシの体内にあった銃弾のように思わぬ場所で見つかる可能性もある。もしかするとスカディに頼らずとも『妖精の取り替え子チェンジリング』の呪いを解く方法が書いてあるかもしれないので、できる限り道中で探しておく。


(4) ……その他、スカディとの交渉材料になりそうな物やカニクの遺品、『妖精の取り替え子チェンジリング』に関する情報

 →場所・数・種類は不明。もし『雪神伝説』と今回のカニクの失踪事件が繋がっているなら、カニクの素性を暴いたり、雪山やクスク村の様々な情報を集める事で、スカディと交渉する上での突破口が開ける可能性がある。また、『妖精の取り替え子チェンジリング』に関する情報はアニウに残されたタイムリミットを把握する上で重要なため、できる限り道中で探しておく。

 ----------------------------------------


 ツバキ:「……よし。今後はこの方針で行こう」

 ステラ:「うん。難しそうだけど、何とかなりそうな気がしてきた」

 サー:「何はともあれ、すぐに行動せねばなるまい。時間が残されていない事は間違いないのだからな」

 リューラ:「もう呑気に雪合戦なんかできないわね……」


 行動方針を固めた冒険者達はアニウを呼び、今度は真東……当初の目的地であった『大猪の森』へ足を進めたのだった。


ようやく冒険者たちと信頼関係を築き始め、素直な感情を表現するようになったアニウ。彼女を待ち受ける運命、すなわち『妖精の取り替え子チェンジリング』の事を知るのは、今はまだ冒険者達だけだ。

森へ向かい突き進むカルキノスの上で無邪気にはしゃぐアニウの横顔を、ステラは複雑な表情で見つめている事しかできなかった。


 ────────────────────

[雑談]

 GM:それにしてもツバキがすごい。

 ツバキ:前回爆弾情報投げられてから、今日までこの行動方針についてずっと考えてたからな……。

 サー:本当にお疲れ様です。

 ステラ:ありがとう!

 リューラ:ここからは余り考えなくても良いやつかな?

 GM:そうだね。アクシデントを回避しながら探索しつつ、判定に成功すれば答え合わせが続くって感じかな。最後だけ冒険者達に『選んで』もらう事になるけど。

 ステラ:選ぶって何を。

 GM:まだ内緒!でも本当にツバキお疲れ様……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る