一緒に帰る人

 あっという間に閉会式も終わり、本当に体育祭は終わった。閉会式なんて早く終われって思ったけど、涙ぐむ応援団長の姿とか見ると胸にくるものがね、あったよね。

 そして現在、午後5時を回り私は急いで帰っていた....というわけでもなく学校を出て最寄りの駅から少し離れた自販機に来ていた。今日の祝杯として飲みきりタイプのサイダーを買ったのだ。昔はもっと安かったのに、今では130円もするなんて、世も末だ。

 私はその場で飲み干してから帰ろうと思っていた。しかし、携帯がなったことでその計画は頓挫した。

『怜まだ学校いる?お仕事終わったから一緒に帰ろー』

雛からのメッセージだった。私は一瞬葛藤したのち返信し、サイダーをもう一本買って学校の方へ戻った。


 雛は学校から少し離れた橋のたもとで待っていた。

「あ、怜きたー」

「どーも。はい、これ」

私は雛に先ほど買ったサイダーを差し出す。贅沢に期間限定の桃味だ。

「え、優しい。しかも桃味。」

ありがとー、と軽く感謝して雛は缶を開け飲み始めた。私も先ほどは邪魔されたが今度こそと缶を開けて飲み始める。

 橋のたもとで華の女子高生二人がしばらくの間、黄昏れながらサイダーを飲んでいる図はさぞ絵になるだろう。多分。

 夕日と言うにはまだ青いけど、オレンジがかった太陽がきらきらと川に反射している。それを見ながら飲むサイダーの感触が乾いた体に染みた。

「美味しい」

呟く。本来の意味で。

「桃味も美味しい」

雛も呟いた。今度桃味買おうかな。 

「あ、敗北宣言しなきゃね、私。」

そうですよ。何事も有言実行しなくちゃね。私は携帯を取り出し、カメラを起動した。

「動画はその健闘を称えてやめて差し上げよう。写真でしっかり納めてあげようじゃないか。さ、どうぞ!」

「わたくしー、朝倉雛はー、細川怜に体育祭で負けましたー。残念でーす。」

「うわ、やる気ないし」

雛が言い終わる間に私は何枚かシャッターを押した。ふむ、後で確認しようじゃないか。

 私が携帯をしまいもう一度サイダーを飲もうとした時、雛が川の方を見たまま言った。

「怜ありがとね。」

「ああ、サイダーね。いやあ、お仕事終わりにはこういうの必要だと思いましてね。」

「そうじゃなくてさ。応援してくれたでしょ、リレーの時にさ。」

ああ、今世紀最大に声を出したやつね。

「掘り返さないでよ。思い返せばちょっと恥ずいじゃん?ああいうのって。」

黙っていることが美しいと思うぜ?ああいうのってそういうもんでしょ?

「うん、だからもう言わない。でもね、ほんとに嬉しかったの。私、自分でも気づいてなかったけど疲れててさ、走ってみてわかったんだけどさ。あんまり力入んなくて結構ピンチでさ。ああ、追いつけないかもって思った時に怜が応援くれてさ、私、力湧いてきたの。最後追い抜けたのは、間違いなく怜のおかげだよ。」

「追い抜いたのは雛だよ。誰のおかげでもない。」

「いやいや、そういうことじゃなくてさ....まあいいや。ツッコむ体力も残ってないよ。帰ろ、サイダーも飲んじゃったしさ。」

いつの間にかサイダーの中は空っぽになっていた。

 あれほど暑かった風も、もう冷たく感じる。いよいよ帰らねば。

 軽くうなづき、私たちは橋の向こうへ歩き出した。駅へは、少し遠かった。

「なんでここで待ち合わせたの。遠いじゃん駅。」

「こっちには生徒来ないじゃん?だからだよ。」

 私たちはいつもより長い帰り道を歩いた。話題は尽きなかったが、その内容は疲れた体が睡眠を欲したために失われてしまったけど、よくよく考えればいつものことだった。

 帰ってから雛から開会式後に撮った(撮られた)写真が送られてきた。私はそれに仕返しするように敗北宣言中の雛の勇姿を送ってやったのだった。

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