応援したい人
率直に言おう。雛との勝負は決した。私の勝利が確定したのだ。惨めな敗北宣言をするのは私ではない。
というのも、戦況は私の思うままに動いたことによる。団体競技で勝てば云々みたいな話を以前したが、その通りになった。我が軍は1位は取れなかったが、どれも2位か3位の好成績でフィニッシュした。対する雛軍は下位を彷徨い続けて我が軍を上回ることがなく、残り1競技となった段階で彼女の敗北は決した。運が良かった、私。
勝てる状況になりふとテレビのクイズ番組を思い出す。
テレビでよく見るどちらかのチームが先行し残り1問となった時に、逆転の可能性がない場合、
「最後の問題は獲得点数が2倍になります!両チームがんばってください!」
みたいなあのルール、正直嫌いだった。先行していたチームは実力で点数を重ねたのにも関わらず最後にその逆転のチャンスが義務付けられているなんて、真面目にやったのが馬鹿みたいじゃないかと思った。先行していたチームへの冒涜だ。別に全ての努力が報われるほど世界が甘くないことは薄々わかってはいるし、テレビ的展開といえばそれまでなのだろうけど、私は公正さを欠いてはいけないと思うのだ。昨今、テレビ離れなんて言われてるけど、視聴者が求めているのはその公正さなのではないかとすら思う。ヤラセとまでは言わないけれど、ある程度の出来レース感がテレビを避ける一つの要因なのではなっているんじゃないかって。
つまり何が言いたいかというと、真剣勝負において弱者に情けはいらないということである。ここで「最終協議では下位のチームには倍の得点を!」なんて言ってしまえば興ざめだしね。たとえ負けることがわかっても、私たちにはそんな社会のルール、必要ないのだ。
ということで私は雛に敗北宣言をさせる。ここで「やっぱやらなくていいよ」なんて言ったら相手にも戦った意味もないし、それは私自身への否定だから。
最終競技を前に会場は独特の空気を持っていた。熱気はまだあるけれど、どことなく緊張感が漂っている。代表リレーに出るのは団で数人なのでほぼ全員が応援席に集合している。応援席にほとんどの人が集まっているのは何気に初めてかもしれない。
競技のアナウンスが入った。選手たちが入場し、一走がスタートラインに立つと会場は一気に静まり返る。
間も無く合図がなる。昼のような太陽ではなく、夕方に近づきつつある日が少年少女を照らしていた。それが何だかとても綺麗で、ピストルがなるまでの一瞬が、とても長く感じた。
合図がなった。
彼らは一斉に走り出し、会場も抑えていた熱を全て放出する。多分、その熱にあてられたのだろう、私もぐっと熱くなった。
リレーのメンバーは一学年二人ずつの六人編成。競技開始前に確認したところ、雛は第三走らしい。
各地で選手を応援する声が聞こえる。選手が近くに来た時には一層強く、彼らにエールを送る。
こんな私だが、応援は力になる主義だ。物理的に結果に表れるかどうかはわからないが、危機的状況に近いところで自分を肯定する声が聞こえれば嬉しいと思う。それが力になってパフォーマンスに表れることもあるんじゃなかろうか。
応援なんて誰でもできると言う人もいるかもしれないが、ただ音を発することが応援ではない。相手に伝えたい何かがこもってこそ、言葉が初めて応援になるのではないだろうか。それが誰にでもできることだなんて、私は思わない。
あっという間に2走が走りきり、雛がスタートするのが見えた。レースの状況は奇しくもどこかで見た僅差の相手を追いかける状況。疲れも出てきているのか、雛は少し辛そうな顔で先行する相手に遅れをとっている。
カーブを抜けたら私の目の前に雛がくる。ふと、雛が「見ていて」と言ったことを思い出した。違うでしょ、この場合しなきゃいけないことは見てることじゃない。
彼女はカーブを抜けた。相手との距離はさっきよりも広くなり、表情も一層辛そうだった。
私は精一杯息を吸った。
「ガンバレ雛!」
渾身の叫びだった。多分、今年一番の大声だった。
雛はそのまま走り続け、バトンを渡す手前で相手を抜き去った。私の応援が効いたかどうかは関係ない。雛が力を出し切れたことが重要なのだ。
かっこいいじゃん、雛。
しばらくしてどこかのチームのアンカーによってゴールテープが切られた。歓声と拍手が選手たちに送られた。
全ての勝負が終わった。体育祭の終わりである。
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