決戦の私あるいは幕間

 え、幕間?と思った方もおられるでしょうか。というのも今回は私だけの話で雛は一切出てきません。そうです、私だけ、あるいは雛だけの物語はあくまで幕間なのです。と言っても、話は続いていますのでどうぞよしなに。


 午後の部は応援団の出し物から始まった。応援団の団員は有志のメンバーなのでいわゆる三三七拍子的なものは行わずにダンスなどによる応援が主である。

 なんというか、すごく青春を感じた。勿論ダンスの上手い人たちは当然かっこいいのだが、私が感動を覚えたのは得意不得意とかではないのだ。心から楽しんでいることが伝わることに、とても感動した。今日に向けてすごく努力して、準備してきたことがひしひしと伝わってきた。たった数分間の一瞬のために、一か月間、ずっと準備して...まさに血と汗と涙の結晶、だと思った。

 各団の演目が終わるごとに心からの拍手を敬意を込めて送った。このエネルギーは当たり前のことではないし、私には到底できないことだ。自分にはできないことをやってのける人のことを人は尊敬するものだ。昨年は運営や準備のことなど考えられなかったからこんなことは思わなかったけど、彼らはとてつもないことをやってのけているのを、今年はしっかりと感じた。私も大人になったんだな。

 しかし、私が感動し拍手を送るたびに彼らの一か月は身を結んでゆく。喜ぶべきことであるのに寂しさすら感じるのは、あまりにもいいものを見せてもらったから。

 演目は誰かに見せることで完成し、失われていく。

 高校の体育祭の出し物とはそういうものなのだということはわかっているし、一瞬だからこそ輝きが心に焼きつくものなんだと思う。残さないことで、残るものなのだ。

 応援団の出し物は全て終わった。華々しく、鮮やかに。なんだか、卒業して大人になっても、この景色は鮮明に思い出すことができるような気がする。その時は、今よりもっと綺麗な思い出になっているとも思う。思い出は時間によって装飾されるものだからね。

 会場に包まれた拍手が消え、体育祭の空気が戻る。さて、競技再開だ。決戦の舞台、2年全員リレーである。

 さっきまでの感動をもっと堪能させてくれ。十分前に戻らせてくれ。召集場所に番号順に並びながら私は心の中で願っていたが、時は過去には戻らないらしかった。あれよと言う間に入場し、第一走者がスタート地点に立っているではないか!ああ!帰りたい!!!

 スタートの人が合図し、会場は静寂に包まれる。スタートがピストルを上に掲げ、位置について、の声がかかる。

 ピストルが鳴った。

 地獄のリレーが開幕したのだった。

 一走が走り始めると同時に、会場には歓声が戻った。どこどこ頑張れとか、なんとかさん頑張れとかそういった感じの声で溢れかえる。私は心の中でぶっちぎれと願いながら走者を目で追っていた。

 3位じゃないか!一番微妙な位置!

とはいえ私より脚が速い人を責めるのはいけないしできないし、まだ一走だ。勝負は始まったばかりである。私のところに回ってくる前にぶっちぎれ。

 とはいえ私の出番はちょうど真ん中ぐらいなので私が抜かれてビリになったところでまだチャンスは残されている状況だ。だがしかし!だからといって抜かれていい理由にはならない!なるべく相手にへばりつかなければならないのだ!


 その後しばらくして私の順番が来た。抜いては抜かれてを繰り返し、我が軍は3位と比較的僅差の4位で私の順番が回ってきた。

 私はバトンを受け取りひたすら走った。出せる力を全て出して走りきった。その甲斐あってか、3位との距離を詰めることに成功しその背中を捉えた。が、その頃には時すでに遅く、私の出番は終わった。バトンを次の走者(脚速い)に託し、私は決戦の舞台を降りた。

「あ、おつかれ、怜!」

走り終わった走者達の待機席に着いた私を莉緒が労ってくれた。彼女は先に走り終えていたようで息も完全に整っている。

「ありがと。なんとか終わった....。」

心から安堵する。これで一応私の一番大きな仕事は終わりだ。

「怜が頑張って距離詰めてくれたから、そのあとの人たちが抜き返して今2位だよ!よくやったよ怜!」

え、ほんとに?もしかして私活躍しちゃった?

 いやいや、そんなわけない。

「私はなんもしてないよ。ただ抜かれずに走っただけで、現状維持。抜き返したのは私じゃないよ。」

思い上がってはいけない。

 私は走者を確認した。どうやらもう少しでアンカーらしい。

「勝つかな、うちのクラス。」

莉緒が呟く。みんなの活躍あって我が軍は2位をキープしていた。このままいけばかなりの好成績だが、少々後ろとの距離が近い気もする。まだまだ結果はわからない。

 すると遂にアンカーへとバトンが渡った。人々の応援に一層力が入ったのを肌で感じる。私もしっかりと熱い戦いを凝視していた。勿論応援していた。

 戦いは遂に決した。ゴールテープを真っ先に切ったのはずっと一位で独走していた組だった。私たちはそれに続いた2位だった。

 悔しいといえばそうだが、クラスみんなその結果に満足していた。うむ、ならばいいのではないだろうか。


 こうして私の長きに渡る戦いは終わりを告げた。終戦だ。

 

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