休戦する人

 無事に午前の部は終了し生徒たちは昼休憩のため校舎に戻った。私は校舎へ戻る途中に午前の部のハイライトを脳内で流そうと試みたが、不思議とあまり覚えていなかった。どうして?覚えているのは...直前に終わった部活対抗リレーだけだった。あれほどエールを送った陸上部は今年も野球部とサッカー部に敗れ3位という成績だった。ドンマイです。そして実験でもやるかもしれないと言われていた科学部はビーカーと試験管、フラスコをバトン代わりに着ぐるみを着て走っていた。意味不明だった。会場は大爆笑だった。

 とはいえ憂鬱な体育祭も既に半分が経過したのだ。出番は残ってはいるものの朝に比べれば幾分か気持ちが楽である。教室の自席に戻り一息ついた私の携帯が鳴った。画面を確認すると雛からのメッセージの通知だった。

『ご飯一緒に食べられるってー!もうちょっとしたら教室行くねー』

係のミーティングはなかったらしいので私はそのまま着席し、雛の到着を待つことにした。

 現在の我が軍の全体順位は2位。対する雛軍は4位だが、2、3、4位はかなり僅差なのでやはり午後の団体競技が勝負である。まだまだ気は抜けない。...走りたくないな...リレー。私が走るまでにみんながぶっちぎっていてくれないかな、半周差くらいつけてほしいな....。

(そんな上手い話ないだろうけどさ....せいぜい頑張るけどさ....)

勝手に希望を抱いて勝手に失望する。そんな自分が虚しくてまた落胆する。違うことを考えよう。

 校舎内に入っているにも関わらず、体はまだ太陽の熱を残していた。日焼け止めは塗っていたが防ぎきれなかったようだ、日に焼けてしまった。くそう、シャワーが染みるじゃないか。髪も砂を浴びてバリバリするし、乾いた汗がベタベタする。不快極まりないけれど今日と来年一回でこの苦しみともおさらばだ、耐えてみせようじゃないか。このままご飯を食べたくないので、とりあえず汗拭きシートで体を拭いておこう。ご飯を食べ終わったら日焼け止めも塗らなくては。リュックの中の汗拭きシートに手を伸ばしたとき、雛がやってきた。

「あ、怜おつかれー。」

「おつかれー。」

いつも通り私の前の席に座ると、雛も汗拭きシートで体を拭いた。フローラルな匂いが周囲に漂う。...食事前にはあまり嗅ぎたくない匂いだな。

「午後は出番多くなるね。あんまり食べると走れなくなりそう。」

「だと思って今日はあんまり持ってこなかったわ。」

少しでもリレーの障害をなくしたいからね。夕方お腹減るだろうけどしょうがないよね。

 さっきまで激しく争っていた我々も、昼休憩は一時停戦だ。それぞれ午前の部のエピソードを話し合った。覚えていることが少なかった私でも、雛の話を聞いているとぼんやりと思い出すことができた。競技を近くで見ていた雛が一年生の若さを感じたこと、観客席はどの組もそれぞれ違う色で盛り上がっていたこと、科学部の着ぐるみリレーのこと....話題は尽きなかった。


 それぞれ昼食も片付け、時計を確認する。もうちょっとしたらまた体育祭が再開する。うっ、少しお腹が痛くなってきた気が...。

「あとちょっとで再開か...。リレーやだな...。」

「お互いがんばろうねー。私も2回走んなきゃいけなくてさ、人数足りなくて。」

人数の関係でクラスによっては2回走る人が出てくるのが全員リレーのサガである。運動アンチの私としては少ない方に合わせて私を休ませてほしいと思うけど。

「苦手っていうけどさ、怜はそれほど足遅くないって。平均なだけだって。もっと足遅い人いるから。」

「私は弱者に寄り添うタイプなので自分の下を見て勇気付けられたりはしないの。どちらにせよ役には立てないのに代わりはないしね。」

ふーん、と雛が言った。はいはい、足が速い人にはわからない話ですよ、凡人だって凡人なりに完走目指して頑張りますよ。

 無情にも時間は進んだ。日焼け止めを塗り直しながら、雛があっ、と何かに気づく。

「そうだ、怜ちゃんと私のリレー見ててよ?冗談抜きで!」

前にも言っていた気がするが、雛が念押しするなんてそんなにリレーで何かあるというのだろうか。まさか、着ぐるみで走るのか?

「はいはい。ちゃんと見とくから、早く準備しなよ。そろそろ校庭戻んないと先生に怒られるよー。」

私は席を立ち荷物を持つ。雛も少し遅れて、私とともに教室を出た。校庭に向かう途中で頑張れとか走りたくないとか言い合ったとかそうでないとか。

 束の間の停戦は終わりを告げ、再び私たちは敵同士に戻って最終決戦に向けて動き出した。



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