未来を想う人
「ジメジメ嫌い」
冬服に早々に別れを告げた雛が日本の気候に対して文句を垂れた昼休みだった。いつもの穏やかな昼休みだとも言える。
「しょうがないよ。日本は湿気の国だもん。」
とは言いつつも、私だってジメジメは嫌いだ。かいた汗が乾かない不快感はこの世の嫌いなものTOP20には入るだろう。
「あー、嫌だジメジメ。テストも散々だったし。怜はどうだったー、テスト。」
「特には。どれも良かった。」
「なにそれムカつくー」
ムカつくも何も、結果は結果ですよ。
「勉強せずに頭良くなりたーい。なんかないの、秘策みたいなの」
「ノー勉の雛さんなら教科書開くだけで今よりは頭良くなれますよ。」
「それ勉強じゃん!」
勉強しなきゃ勉強できるようにはならなくないですか?あれ、私おかしいこと言ってますかね?
「そもそも雛は頭が良くなりたいの?それともテストで点が取れるだけになりたいの?」
雛はうーん、と一瞬考えた後、
「とりあえずテストかな」
と、答えた。
「テストが良ければ先生たちになんか言われることもないし、それに、できないよりはできた方がいいじゃん?内申にも響くしさ。」
ごもっともだ。学生の本分は勉強だし、それができていて損はない。私だってテストの点が良いというだけで優等生扱いだ。
だが、私は思う。
「あのね雛。私はさ、3年生になったときの負担を少しでも減らすためにほぼ毎日勉強してる。それが必要だと思うからね。受験の為に勉強してるの。雛はそこんとこどうなの?テストの点とかは置いといて、雛には勉強が必要なの?」
私の話を比較的真面目に聞いた雛は、少し考えるようにして続けた。
「つまり進路のことってわけね。んー、私、まだ進路のこと決めきれてなくてさ。とりあえず大学、みたいに考えてはいるけど、みんなが行くからって私もっていうのもちょっと違う気がするしさ。まだ全然決められないし。だって私、」
やりたいこともないし。
雛はそう言って続ける。
「だから怜は偉いよ、そこんとこちゃんと考えててさ。私はどっちかっていうと将来よりも、今の方が希望に満ち溢れてて楽しい!...っていう感じ。将来の夢も、目標も特にはないって感じ?」
私もなんか見つかるかな、と言って彼女は笑った。
雛は勘違いをしている。
雛は私を偉いと言うけれど、それは間違いだ。私だって雛と同じなのだ。目標が来年の受験というだけで、それ以降の目標なんて持ち合わせていない。ただそれなりの職に就けて、そこそこの給料を貰えるようになれたらそれで良い。あれになりたいとか、これを目指してるなんてものは私にはない。
私は雛に褒められるような人間ではないのだ。
私は食後のデザートのおやつを食べ始めた雛に向けて、こう言った。
「私はね、別に将来の夢があるわけじゃないの。ただ、もしその夢みたいなのが見つかった時にその道を選べるように今準備してる。だから、雛が夢や目標がある人が偉いって思うなら、私はそれじゃない。今の自分が偉いなんて、私は思ってないよ。」
同じ年で既に何か夢を見つけて、私たちが昼休みをのうのうと生きている間にもその人たちは夢に向けて努力をしている。生まれ年が同じだけで、まるで違う人間みたいだ。夢も目標もない私がこんなことを言える立場ではないけれど、本当に偉い人は、きっとそういう人のことをいうのだ。
私の発言に雛は少し驚いておやつに伸ばした手を一瞬止めた。でもすぐに手を伸ばし、おやつを食べ始め、私に言った。
「そういうとこ、怜は偉いと思うよ。」
「話聞いてた?」
予鈴が鳴る。
多分将来絶対使わないであろう知識が、今日も私たちに与えられる。ほとんどのものは大人になれば消えていくんだろうけど、その中で残った何かが私たちが探している夢だったりするのだろうか。
それを確かめるためにも、私は今日も学ぶしかないのだ。
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