応援したくない人

 時の流れとは恐ろしいもので、昨年迎えたはずの体育祭が目前に迫っている。不思議なものでなぜかあいつは毎年やってくるのだ。学校七不思議の1つだな。自慢じゃないが、私細川怜は運動が得意ではない。好きでもない。体育の授業は消えて無くなって欲しい。加えて体育祭というのはクラスで一致団結して頑張ろうみたいな空気が一層私のやる気を削いでくれる。私自身は精一杯頑張ってはいるのだが、それが彼ら運動得意人間たちの望む通りの結果にはならないのだ。自分としてはその頑張りに金メダルを複数個もらってもおかしくはないのに。ほぼ強制参加の朝練も放課後練習、あれも嫌だ。朝も放課後も予定はないが、クラスのために汗を流すための時間は断固持ち合わせていないのに。憂鬱だ。ただただ体育祭が憂鬱だ。当日も予備日も雨になってしまえば良い。振替授業の方が何倍もマシだ。

「じゃあ当日休んじゃえば?別に皆勤狙ってるわけでもないでしょ?」

私とは対極の体育祭エンジョイ派の雛は体育祭の訪れを心待ちにしている。むしろ体育祭のなんかの係にもなってしまうタイプだから人間とは多種多様だ。それはともかく、休むというのは名案なのだがそれは難しいのだ。

「休むわけにもいかないんだよ。クラス全員リレーあるじゃん、そこそこ目玉競技の。前日までいたくせに当日休んでみんなに迷惑かけるのも嫌だし、休んでる間になんか言われるだろうし、苦しみながら練習に参加した意味がなくなっちゃうよ。休むなって言われてるようなもんだよ。」

「ああ...まあそれじゃ休めないわなー。」

そう言って雛はコンビニで買った本日2つ目のパンを食す。最近の雛のお昼はいつもより多い。朝から夕方まで当日の準備に追われて体力を消耗しているからだ。

「...大変じゃない?係とか。よくやるよね。」

素朴な疑問だった。クラスの係なら仕事があっても小さなものであるが、それと比べて体育祭の係となれば学校全体の仕事だ。到底楽だとは思えないし、わざわざやりたいとも思わない。

「私は普段の授業の方が苦痛だからねー。座って睡魔と戦いながら先生の話聞くの苦手だからさ。怜は寝てても頭いいからテストであんまり困らないけど、私はそうじゃないし...。だから学校行事とか好きなんだよね。みんなでなんかやったりとか、運動得意だから体育祭は特に楽しいし。自分からやりたいと思ってやってるから、苦ではないよ?」

「...理解しがたいね。」

「そう言うと思った。」

もちろん雛をはじめとする体育祭の運営に少しでも関わっている人たちのことをすごいとは思っている。多くの生徒たちは体育祭を楽しみに待っているのだ。その人たちの当日の笑顔を支えているのは紛れもなく教師たちと係の生徒たちである。尊敬には及ばないが、それに近い感情を抱かざるをえない。

「でもやっぱ嫌だ!全員リレー走りたくないプレッシャー感じたくない絶対私で抜かれるごめんなさい参加したくない休みたい休めないうああああああ!!!!!!」

「まあまあ腹くくりなって。意外と楽しいもんだからさ?ほら、私も代表リレー走るし!応援してよ、一位狙うから!」

慰めは無用だし、そんなこと不可能だ。なぜならお前は....

「あんた違うクラスでしょ!違うチーム!違う団応援するなんてことしたら私クラス中から冷たい目で見られるから!寝返ったと思われるから!ぜっっったいしてやんないから!」

「ちょっと!私が学校で唯一活躍できるチャンスなんだから、ちゃんと写真撮っててよ!その目に焼き付けなさいよ!」

スポーツマンシップに則って相手を貶めるくらいのことはしなきゃいけない(多分こんな内容だった)とクラスで誓ったのだ。硬い誓いを破るわけにはいかない。

「うちのクラスの韋駄天たちがあんたたちを叩き潰すから覚悟しな。」

「コテンパンにするからいいもん。」

正々堂々(俊足たちが)勝ってやろうじゃないか。運動も体育祭も嫌いだが、勝負とは勝ってなんぼである。相手が誰であろうと(私ではない誰かが)倒してやろう。少し面白くなってきた。出てやろうじゃないか、体育祭。

「負けたら敗北宣言しようよ。しっかり負け犬姿を残してあげるから。」

「言ったね?俄然やる気出てきたわー。もうぶっちぎりで一位とっちゃうわ。」

雛の敗北宣言を動画でしっかり収めるためなら頑張る甲斐があるだろう。

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