お菓子をあげる人

「不味そう。」

ネット記事を見ながらそう呟いた。怪しげな色の飲み物が巷で話題になっているらしい。見た目はゾッとするもので、カップの下に行けば行くほど色の濃さが増す液体とは驚いたものである。底の方なんて魔女が闇の中でかき混ぜている鍋の中身の色じゃないか。上方には奇妙なゼリー状の何かが浮いているのが確認できるじゃないか。飲み物か食べ物かわからないじゃないか!

「人間が口に含んでいい色の域を超えてると思う。食欲失せないの?これ。」

「どれどれ?...あー、これ見たことある。キレイだよね。」

「...これをキレイと思えるその脳みそ解剖したいわ。」

さすが典型的女子高生はしっかりとキレイだと思うらしい。いつも通りのランチタイムにどうでもいい話題を切り出すのは決まっていないが、今日はそれが私の方だった。この毒鍋ドリンクに物申さざるを得なかったのだ、あるいはそれ以上の何かに。

「ねえ、雛はこれ飲みたいと思う?」

「値段によるかなー、いくらよ?」

記事本文に目を移す。いくらかスクロールして見つけたお値段、なんと800円!

「これで800円!?ぼったくりだよー。それなら違うことに800円使うよ。」

ごもっともだ。激しく同意する。流行りのものとはよくわからないものだ。そしてこうも思う。

「そもそも、私は思うのよ。見た目を重視したカラフルな食べ物より我が家の弁当のような茶色い食べ物のほうが美味しいってさ。結局茶色い食べ物が一番美味しい、そう思わない?」

自分の弁当を指しながら主張する。彩りは必要最低限の弁当だが、美味しいものは美味しいじゃないか。今日も弁当がしっかり美味い。

「キテレツな色だからってだけで評価されてるのってなんか....なんかさあ!!!」

「ええ...急にキレるとか怖...。しょうがないよ、映えって概念はもう根付いちゃってるんだからさー。」

そうだ。この世界には新種にハエのような映えが生息している。ちょっと前までは常識の範囲内で口に入るものの彩りを考えていたのに、明文化された途端に世界はどんどんカラフルになり、常識は消え去ってしまっていたのだ。

「毒鍋ドリンクの何が良いんだよ...」

世間一般から見れば何でもない問題に突っかかる私を見かねて、雛が私に質問を投げかけた。

「そもそも何がそんなに気にかかるの?毒鍋ドリンクに親でも殺されたの?怜はそもそも気にしないじゃん流行とか。20年前のトレンドが怜の最新でしょ?」

「生まれる前のトレンドを知っているなんて私はすごいな。違うんだよ、これは社会に対する叫びなんだよ。見てくれだけで判断するような社会をこの毒鍋ドリンクとこれに対する社会の反応は体現しているんだよ。インパクトのあるだけのものを高く評価しているだけなんだよ!」

そうだ。派手な見た目なだけが良いことなのか!本質が見えていないだけである

!美味しくなければ意味がないじゃないか!私は同じ値段でお腹いっぱい食べられる茶色いラーメンの方が好きだ!

「でもそのドリンク美味しいかもよ?高い材料使ってしっかり作ってるんじゃない?」 

私の勢いに押された雛は苦笑しながらも見捨てることなく答えてくれた。優しいやつだ、感謝の印のお菓子をあげようじゃないか。雛の目の前にチョコレート菓子を差し出し、雛はそれをありがとー、と受け取った。

 雛の言うことにも一理あるのだ。それはよくわかっている。だが、私はこう思えてならないのだ。

「確かにちゃんと味も美味しいかもしれないけどさ、思うんだよ。なんか、見た目が派手なことが売れる第一前提みたいな感じになってるのって嫌だなって。見た目がただのジュースみたいなのでも、味は本当に美味しいってものが見えなくなって、否定してるみたいでさ。」

本質を正当に評価されないのが嫌いだ。自分であっても、他人であっても、ただの飲み物だとしても。良いものは良いと、そうでないものはそうではないとしっかりと判断するべきだと思う。だが、それが難しいから、そんな社会ではないからドリンク1つで一人の女子高生はモヤモヤしてしまうのだ。そして、社会にとっては一人の主張など意味も価値もないのである。太刀打ちできるほどの武器としてはあまりにも弱い。

 それに、さほど重要な問題でもないことを私自身も無意識のうちに知っているのである。重要な問題ならば雛の前で話したりはしないからだ。大事な話であるなら、話した内容を覚えておくことができない昼休みの食事中になんてことはせずにもっと生産的な時間に誰か賢い人に知識を授かりながら考えを深めるものだろう。こんな話、覚えておく必要など、きっとどこにもないのを私は既に知っているのである。

 ドリンクの話は私が考えふけっていた間に消えていた。私の最終弁論に適当な相槌を打ったからだ。彼女は私があげたチョコレート菓子を美味しそうに食べている。別に冷たい反応だとも思わないし、続けたい話でもないからこれで良いのだ。いつもこうして私たちの会話はこの世を去る。惜しくはない、またすぐに生まれるから。

 雛はチョコレート菓子を飲み込むとまた1つ新しい会話が生まれた。

「これ美味しいね、好きな味。」

「だと思ったよ。」

私が苦手な味だったからね。


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