友達と呼ぶ人

一日二十日

天気の話ができる人

 同族嫌悪なんて言葉があるけれど、嫌いになる理由をわざわざ見つけてくれた誰かに賞賛をあげたい。そもそも同族であれば皆仲間、みんなのこと大好きみたいな理論が前提にあるから同族嫌悪という逃げ道が存在しているのだろうけれど、そもそも嫌いな人のほとんども自分とどこかで同族だと思う要素があるんじゃなかろうか。自分を構成する要素は数えられるものじゃないから、気づかないうちに同族だって、共通点があると思ったから相手のこと嫌いになってるってこともあるんじゃないだろうか。勿論、共通点から仲良くなることもあるのも事実だし、むしろそのパターンの方が多いだろう。

 では、そもそも本当に好きな人、仲が良い人ってどんな人だよ?


 空腹と睡魔の怪物に襲われ打つ手なしに敗れた四時間目の終焉の鐘が聞こえた。授業とは不思議なもので終わりを認識するとさっきまでの睡魔が嘘のように消え失せるのである。レベル100の睡魔を打ちのめすためには私・レベル16の細川怜一人ではできない、時計と鐘の音の武器が必要なのだ。

 しかしレベル100の空腹というモンスターを倒すのは私と昼食である。勝利の雄叫びをあげながら教室から人がはけていく。戦場から勇者が立ち去り、ここは開拓地として新しい文明が築かれるのだ。まさに新大陸である。勿論、新大陸には遠い大陸からの開拓者が入ってくるもので、彼らは各地から開拓地へと向かってくる。開拓者の流入もあって、先ほどまで殺伐とした戦場だったこの地は歓声と笑顔に溢れた。学校というRPG唯一の癒しの時間・昼休みである。歴戦の覇者である勇者の私も補給の時間である。身体・精神ともにエネルギーを補給しなくては。

 そう言えば、新大陸へ開拓者がやってくるという話だが、それは私の領土にもくるのだ。読者諸君はこのまま孤独なランチタイムを過ごすと思っていただろうか。それではあまりに私が哀れで夜も眠れなくなってしまうじゃないか。だが、ここで朗報である。私は孤独なランチタイムを過ごしてはいないのだ。開拓者は私から一番遠い世界からはるばるやってくる。怪物撃破を祝したご飯と祝杯、それから笑顔を携えて。

「ご飯食べよー。怜。」


 肩甲骨のあたりまで伸びた茶色がかった髪。目を見張るべきはその色ではなく質だ。まっすぐ、手入れの行き届いた髪からは、いわゆる女子力の高さが窺える。手には祝杯たちの他に当然のようにスマホがくっついている。校則ギリギリのスカート丈も、彼女の装備には欠かせないらしい。

 まさに女子高生だ。

「女子高生を思い浮かべてください」と言われたら思い浮かべるタイプのそれである。典型的な、陽のあたる側にいる女子高校生の姿。

「疲れたー。さっきの時間古文でさ、睡魔と戦ってたよー。負けたけど。」

典型的女子高生、朝倉雛は私の席の前の相手いる椅子に座りながら笑い混じりに言った。手鏡を取り出し髪を直している。安心しなさい、直すほど乱れてないですよ、お嬢さん。

「私も寝落ちしてたわ、前の時間。」

「だと思ったー。寝起きの顔してるもん。」

「起きようとはしてた。間違いなく。...意識が飛んだのが悪い。」

「結果寝てるから。わかるけど。」

他愛のない会話。着地点もない会話。当たり前の会話だ。普通の友達同士の会話。

 普通じゃないのは、本来関わるはずのない二人が会話をしていることだけ。


 典型的な女子高生・朝倉雛と反対に私は髪は長くないし彼女ほど手入れが行き届いていない。最低限だ。スマホはゲームとネットニュースの速報を見る程度に使うし、校則のギリギリを攻めるチキンレースをしたりはしない。この世でほどほど重要なのは目の前の勉学のこと。本音を言えば金が欲しい。何が言いたいかというと、生活の中心は大きく学業というもので回っているのだ。それが幸せかどうかは個人の考え方次第だが、私個人は不幸だとは思わない。年相応だ。

 一方、雛といえば気になることといえばファッションやメイク、恋愛のあれこれなどである。スマホとはお友達どころかほとんど惚れているようなものだ。大抵の時間はスマホさんを見つめている。学業は日々の授業をこなすだけで、それ以上は望まない。望むことができていない。...これはこなせているといえるのだろうか?

 

 よく聞く正反対の二人である。厳密に言えば正反対では対角線上にいるような者だろうが、私たちは同じ線上にもいない。世界そのものが違う感覚である。同じ図形の中にはいない、学校という共通点があるだけの図形にそれぞれ生きている感覚というのがしっくりくる。証明の問題で同じことを証明するのではなくて違うことの証明を求められるような図形...

 となれば証明して見せようじゃないか。

「....私はなぜ雛とお弁当食べるような仲なんだろう....?」

口に出すつもりはなかったのだが思考と口の回路が繋がったままだったようだ、口に出してしまった。本人の目の前で言ってしまった。慌てて訂正を試みる。

「ああ、違うんだ。ただ純粋に気になったっていうか、なんで一緒にいるんだろうとか、釣り合わなくない?お互いに、とか思っただけだからさ。大丈夫、気にすんな!」

「いや気になるし全部言ってるし何も違わないし...。ひどくない!?別に好きだからでいいじゃん!仲良いからでいいじゃん!」

雛がしっかりと反応した。流せなかったか...。なるほど、仲が良いからか。いやそうじゃない、そういうことを考えているのではないのだ。

「仲が良いは答えじゃないな。仲が良い理由を知りたいんだよ。ほら、私たちあんまり共通点ないじゃん?クラスも違うしさ。」

「そういうこと...?んー、そうだな...」

ランチを食べながら考える。普段の二人の様子、している会話の内容、共通の話題...。

「何にも覚えてないわ。怜との会話。」

「激しく同意するね。何にも覚えてないよ。...普段からどんだけ無為な時間を過ごしているかがよくわかった。」

「それよりその唐揚げ貰って良い?春巻あげるからさ。」

「唐揚げの対価にしては安い。諦めな。」

弁当の唐揚げをディフェンスしながら思考を巡らせる。何の共通点もないのにここまでの距離感で接することができるはずないのだ。お互いに。

「むしろ私、雛のこと嫌いになるのが普通なんだよね。一番苦手なタイプ。」

「怜ちゃんめちゃめちゃひどいこと言ってるの気づいてる?気づいてないの?私じゃなかったらめちゃくちゃ険悪ムードだよ?」

『私じゃなかったら』か...。雛は私がこういうことを言う人間だと理解しているのか。私も雛が許してくれる範囲のことを言っている自覚がある。その境界線がわかっているのだ。

「いやー、雛みたいなタイプ本来絶対無理なんだよね。チャラいっていうかさー。逆に雛はさ、なんでわざわざクラス越えてまで毎日ご飯一緒に食べたいと思うの?同じクラスにも仲の良い人はいるわけじゃん?」

雛は弁当のブロッコリーをつまみながら少し考える素振りをして、

「ご飯を食べる相手は怜が良いって感じかなー。気を使わなくてもなんとなくで話ができるっていうかさ。」

そんな感じ、と答えた。

なるほど、気を使わなくていいからか。それすなわち...

「まあ、私の前なら可愛くいなくてもいいもんね。」

「結構失礼じゃない、それ?彼氏が彼女に言ったら即喧嘩レベルだよ。」

雛は私の彼女じゃないので問題はない。

 簡単にいえば私たちは学校カーストの上位とその他であって、本来なら関わるはずもない。出会いはいつだっただろうか....記憶を辿ってみるが思い出せない。大した出会いじゃなかったんだな、多分。

 思考を巡らせていると、雛が朝コンビニで買ったであろうパック飲料をストローで飲むと怜に言った。

「確かに、共通点なんにもないね。クラスも趣味も考え方も違うと思う。」

でもさ、と続けて雛が言った。

「共通点はなくても、どうでもいい話はできるじゃない?趣味の話とかが合うのは当然だよ。共通で好きなものの話してるんだから。合わないわけないもん。でも、趣味の話で一時間話すことができる人たちでもさ、」

んー、と一瞬悩む仕草をしながら紙パックの中身を一気に吸い、こう言った。

「例えばその日の天気の話では10分も持たないでしょ?」

飲み終わった紙パックをたたみながら雛は続ける。

「それに、個人的にご飯中には身になる話は聞きたくないんだよね。せっかくの昼休みなんだから、休まなきゃ。」

そう言って、笑って雛は食事を終えた。軽い口調でありながら、核心を突くような言葉。こう言うことを朝倉雛という人間は深く考えずに発言する。いや、発言できるのだ。

 未だ完食できない弁当を見ながら、雛の発言を何度も反芻する。どこにも残らない、きっと数時間後には忘れるであろう一人の女子高生の昼休みの呟きがこの瞬間だけは私の世界に反響してなかなか鳴り止んではくれない。飲み込めばきっとすぐに消えてしまう、ありふれていて、多分、ちょっとだけ大事な味。しかし、この味を惜しむには私たちはまだまだ若いのだ。懐かしむには熟成させる時間が足りていない。残りの弁当の中身をしっかりと飲み込み、完食へと向かう。成長するように、できるように、しっかりと。

 

 既にランチを終えた雛は退屈そうにスマホを眺めていた。さすがだと私が感心していたのもつかの間で、顔をしかめてこう言った。

「うわ、明日朝から雨だってー。電車混むじゃん、やだー(泣)。」

明日は雨か。だが、それは私にとって吉報である。

「よっしゃ。明日の外体育がなくなる。最高、ありがとう恵みの雨。」

明日の雨1つで現地住民と開拓者の対立は激化した。混戦を極めたその戦いは予鈴が鎮火、世界はもう一度戦場となり戦いのステージが終わる頃には誰も二人とも内容を覚えておらず、明日の雨戦争は歴史から姿を消したらしいのだった。



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