第11話 この世界の魔人

「それから私はあんな事をした犯人を特定したの。」


「それってどんな奴らだったのさ。」


「単なる泥棒よ。冒険者かぶれのね。けど、冒険者かぶれとはいえ、実力はまあまああるでしょうから、二人では敵わなかったみたいね。恐らく、泥棒もそれを知ってて狙ったはずよ。」



 姉と妹は戦闘向きでない魂魄術式を持っていたと聞いた。確かに、そんな二人では冒険者かぶれにも勝てないだろうと豪は納得する。



「そしてそいつの拠点を特定して、泥棒本人と、周りにいた仲間を皆殺しにしたの。私は総本山勤務だったから、そこらのチンピラじゃ相手にならないしね。殺すのは簡単だったわ。」


「復讐して、仇をとったってわけね。」


(この話早く終わんねぇかな。)



 自分から聞いたにも拘らず、豪は心の中で面倒臭そうに悪態をついていた。



「問題はそれからよ。総本山勤務の冒険者には、ある掟が有るの。」


「掟・・・あー、大体察した。」


「そう。一般人、若しくは総本山勤務ではない冒険者に暴力を振るってはいけない、という掟がね。」


「暴力ってか、がっつり殺しちゃってるね。」


「暴力位なら禁固刑十年くらいで済むんだけど、殺人だからね。死刑になったわ。」


「なるほどなあ・・・それでここに来たってわけね。」



 少女がここに来た経緯を知り、納得した豪であったが、ふと違和感を感じる。



(なんだ・・・何かがおかしい。なんだこの違和感は。)



 ここまでの話にふと違和感を感じ、思考を巡らせるが、違和感を払しょくする事が出来ない。



「どうしたの?そんな難しい顔して。」



 すると、自分の顔を少女が覗き込んでくる。そして現実に戻された豪は、何事もなかったように話し始める。



「いや、何でもないよ。ありがとね。辛い話をしてくれて。」


「ううん。逆にありがとう。少しすっきりしたわ。」



 豪は心にも思ってない事を言う。その言葉に少女が感謝の言葉を述べるが、その感謝の言葉にも何も感じていないようだった。


 そして豪はふとあることを思い出し、ここなら言っても大丈夫だろうとあることを伝える。



「あ、そうそう。ちなみに俺、魔人な。」



 その瞬間、豪の顔面に向かって凄まじい速度で拳が飛んできた。しかし、マーナガルムの攻魔で散々絞られた豪は、余裕たっぷりにその攻撃を躱し、バックジャンプで少女から10メートル程離れる。


 少女の顔を見ると、憤怒に染まっていた。豪はそれを見て、少々気怠そうに口を開く。



「おいおい、急に殴ったりすんなよな。危ないでしょうが。お前の親は「人を殴っちゃいけません」って言わなかったわけ?ああ、そもそも親居なかったか!ごめんごめん。」



 理由を薄々感づいているとは言え急に殴られそうになった事に不快感を感じた豪は、多少煽りつつ、少女を警戒し体を構える。構えるといっても、ゲーム内で自分のキャラが使っていた構えをそのまま真似しているだけだが、これが割と体に馴染む。


 そして、少女を警戒していると、少女もこちらを警戒しつつ喋りだした。



「黙れ魔人!お前なんか人じゃない!それになぜここに居る!」



 ”なぜ”と言われて少し黙る。相手は死刑囚とはいえ人間だ。その人間に、魔人の自分が修行しているなどと教えてもいいものかと悩む。しかし、マーナガルムはこの人間を使って修行すると言っていたことを思い出す。ならいずればれるし、言っても大丈夫かと結論付ける。



「何って、修行だよ修行。この前人間の町に行って酷い目に遭ったからさ。今度はそうならないようにここで修業を付けてもらってるんだよ。」


「・・・まさか、あの任務の魔人は・・・!」


「そうそう。俺だよ俺。いや~、まさか討伐依頼が出されてるとは思わなかったよ。この迷宮にいて正解だったわ。じゃなきゃ殺されてたね。」


(話の内容から薄々感じてたけど、やっぱりあの魔人は俺だったんだな。てことは、上級と下級の魔人の違いは能力値の高さか。)



 「指名手配」ではなく、「討伐依頼」という所に人間の中での魔人の扱いを察した豪は少し落胆する。



(今の所魔人と人間に違いを感じないけど、なんで魔人はこんなに人間から嫌われてるんだ?戦争相手だから仕方ないのかな?)



 そんな事を考えていると、少女が再び殴り掛かってくる。その時、この迷宮で自分は不死身だという事を追い出した豪は、別に避けなくていいや、と気を抜き、その攻撃を受けようとする。すると、豪の目の前に瞬時にマーナガルムが現れ、少女の攻撃をカウンターし、少女を数メートル先まで吹き飛ばす。



「わっ!マナちゃん、急に現れるね。」


「何をしているんだ貴様らは・・・そこの娘も落ち着け。こいつは魔人でも、ラブニルとは関係のない魔人だ。だから殺す必要は無い。それにここでは殺せない。」



 吹き飛ばされた少女は、マーナガルムを見ると驚いたように声を上げる。



「ま、まさか、臨点?!この迷宮にも居たの?!」



 その言葉に、豪は首を傾げる。



「臨点??なにそれ??」



 豪のその言葉を聞いた少女があからさまに驚いた顔をする。豪から見ると、多少のあきれも入っている様に見えた。



「あなた本当に何も知らないね。臨点は、魂魄術式を持たない生物よ。それ故に不老不死の生物と言われているわ。まあ、ある一定の地域からは離れられないみたいだけどね。」


「なんで魂魄術式が無いと不老不死になるの?それが無かったら死ぬだけじゃないの?」


「臨点は、ある方法によって普通の生物を世界に定着させることで生まれるわ。その結果、魂魄術式と世界式が融合し、世界が滅ばなければその存在は死ななくなるのよ。」


「へぇ・・・世界式って何?」



 疑問が疑問を呼ぶ。そんな状況になりそうになり嫌になった少女は、その説明をマーナガルムに丸投げする。



「何で私がそんなこと教えなきゃいけないのよ。あとはそこの臨点にでも聞きなさい。」


「何で我が・・・まあいい。王よ、この世界は無限に地面が広がっている。」


「無限!?」


「そう、無限だ。」


(どこぞの積み木ゲームじゃあるまいし、そんな馬鹿な)



 そんな馬鹿なという風にマーナガルムを見る。しかしマーナガルムの顔は至極真面目であり、それが嘘じゃないと察した豪は少し沈黙する。



(嘘じゃない?じゃあまさか本当にこの世界は無限に広がっているのか。だとしたらこの世界は星じゃない?完全に地球とは別次元の世界?そもそも無限なんてどうやって分かったんだ?)


「なんで世界が無限だって分かるの?」


(無限であることを証明するためには、終わりが無いことを証明せなければならない。だけどそれは悪魔の証明だ。この世界の人達が強いとはいえ、簡単にできる事じゃない。)


「それは世界式の性質によるものだ。」


「世界式の性質?」



 世界式というものが数字のような性質を持っているのかと豪は考える。数字の桁は無限にあるというのは地球では当然の事実だ。しかし、それと世界式が同じ性質を持っていたとして、世界式がどのような物なのかは一切想像出来ない。


 そうして悩んでいると、マーナガルムが続きを答える。



「この世界には中心がある。その中心に、世界式と呼ばれる円形の術式の核が1キロにわたって存在している。その核は、『触れている物を指数関数的に増加させる』という能力を持っている。これは変革者によってようやく解明された効果だ。」


(いやそれ厳密には無限じゃないんじゃ…いや、こんな事考えたら殴られそうだな。やめよう。)


「二つ質問。まず一つ、なんで『指数関数的』なんて言葉知ってるの?」



 この世界は確実に地球、ましてや宇宙とは何も関係ない。時空間や次元等、何から何まで違う。それなのに地球の言葉を知っているのは可笑しい。理由は薄々感じ取っているが、念のため聞いておきたいと豪は思った。



「分かるであろう?変革者だ変革者。地球の常識は一通り伝わっていると思っていいぞ。」


「なるほど。まあ、そうだろうね。」



 豪は「まあそうだろうな」と納得する。そして、もう一つの質問を投げかける。



「もう一つ質問。それってこの大気を満たす魔力も増加させてるの?」



 この世界が無限なら、その空間を満たす魔力も無限という事だろうかと豪は考える。すると、マーナガルムは当然だろと言った風に答える。



「当たり前だ。だから大気を満たす魔力が枯渇することは無い。そもそも枯渇したら魂魄術式を持つ生物は生きていけなくなるぞ。」


「つまり、俺の世界の人達が呼吸で酸素を取り込むのに対し、この世界の人達は何らかの方法で魔力を取り込んでるんだね。ありがと、よく分かったよ。」


「うむ、結構。」



 知りたい事が分かって満足した豪は、少女の方に向き直り、煽るように言葉を漏らす。



「話を戻すけど、俺はこの迷宮では無敵だし、臨点?もいる訳だから、君がどう足掻こうと僕の事は殺せないよ。だからそれは諦めてね。」


「その言い方ほんっとムカつく。でもまあ、ラブニルと関係ないんなら別に殺す意味もないわ。だから諦める。」


(成程。「魔人が」という訳ではなく、「ラブニルの魔人が」嫌われてるわけか。じゃあ頑張れば人間達と仲良く出来るかも?)



 豪がそんなことを考えていると、マーナガルムが豪に声を掛ける。



「そんな事はどうでもいい。取り敢えず、王の修行の次段階を始めるぞ。この修行は、夜だろうが昼だろうが永遠に続けるからな。」



 豪は、そろそろ本気で逃げ出そうかと考えた。

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