第10話 少女?

 修行が開始して一週間が経過した。


 初めて攻魔を避けられてからというもの、それから徐々にコツをつかみ始め、一週間かけて十発に一発は避けられるようになっていた。


 マーナガルムは「遅い」と呟いていたが、豪からすれば一週間であの速度を見切り始めたのだから、褒めても良い所である。


 そして豪は今日も同じ修行に明け暮れていた。



「魔力の乱れが分かるようになってから気づいたけど、マナちゃん、全然手加減してないね?!容赦なさすぎない?!」


「何を言っている?修行は本気でやらなければ意味がなかろうに。その前に、そんな事を考えている暇があるなら、全て避けられるようになったらどうだ?」


「・・・無理じゃね?一か月そこらじゃ避けられるようになれる気がしないよ。」


「大丈夫だ。数十年でも数百年でも付き合ってやる。王も我も不老の存在だからな。」


「何それ初めて聞いたよ?!俺不老なの?!年取らないの?!」


「うるさい!今は避ける事だけを考えろ!友人に会いに行くんじゃないのか!」


「いや、それはその通りだけどさあ・・・」



 さらっと出た爆弾発言に驚きながらも、マーナガルムに怒鳴られ、再度攻魔を避けることに集中する豪。


 そんなことをしていると、まだ空は明るいにも関わらず、マーナガルムの攻魔の嵐が止まった。



「えっ、なに、なんで止めたの?もう今日修行終わり?」


「・・・違う、そうじゃない。侵入者だ。」



 それを聞いて豪は面食らう。


 マーナガルムの話だと、この迷宮は今場所判明している迷宮の中でも最も攻略難易度の高い迷宮の筈である。それにほとんどの場合、この迷宮に人は入った瞬間に死に至るため、侵入者にもなれない者が殆どである。



(そんな迷宮に侵入者?このクソ仕様の無理ゲー迷路に侵入者?何の冗談だ。)


「冗談でも何でもない。今調べたが、侵入者の実力は本物だ・・・だが、少し訳ありのようだぞ。」


「えっ?どんな?」


「おそらくだが人間の国の死刑囚だ。その死刑方法は多々あるが、その一つに迷宮に放り込む様な法が有った筈だ。」


「なんだ、犯罪者か。でも死んで無いんだよね?」


「ああ。おそらくだが、生まれつきの能力で『能力干渉無効化』を持っているんだろう。ほら、王も持っているあれだ。」


「あー、なるほど。俺もそれのおかげで今生きてるんだもんね。」



 エイオンには、任意で発動する技と、常に発動する技があった。豪もそれを幾つも持っているが、そのうちの一つに『能力干渉無効化』という技が有る。その効果は、外部からの影響による能源量の変動、能力値の減少の無効化である。


 この迷宮では全ての能源が0になるが、この能力のおかげで豪の能源は無くならず、死なずに済んでいる。



(この世界の人達は、生まれた時から能力を持ってたりするのか・・・羨ましいなあ。)


「で、どうするの?殺しに行かないの?」


(可哀想だけど、罪人だからなあ。それに死刑囚ともなれば、凄い事でもしたんでしょ。死んでも仕方ないよね。)



 豪は少し同情するが、自分には関係ないという事と、侵入者が罪人という事から、マーナガルムに侵入者を殺しに行くことを提案する。


 普段なら豪に言われずとも殺しに行くマーナガルムであるが、何かを思いついたのか豪にあることを伝える。



「王よ、侵入者を捕らえてくる。」


「え?捕まえるの?殺さずに?」


「ああ。そろそろ王の修行も難易度を上げていきたいからな。それには人間が一人必要だったが・・・丁度いい、あの罪人を使ってみよう。」


(わーお、鬼畜ぅ。)



 そう言って、マーナガルムは森に消えていった。








 暫くぼーっとしていると、森の中からマーナガルムが現れた。そして、口には一人の少女を銜えている。


 その少女は薄汚れて、気を失っているが、白髪で身長は160cm位の、とても顔の整った綺麗な子だ。



(うわー、すっごい綺麗。異世界の住人の顔面偏差値が高いのは本当だったのか。どんな罪を犯せばこんな子が死刑になるんだろう?)


「王よ、見とれるのは後にして、こ奴と話でもしてみたらどうだ?今日はもう修行しなくて良いぞ。」


「えっ?マジ?修行無し?やったー!」


「我はもう休む。何かあったら、思念を我に送ってくれ。」


「思念の送り方分からないけど・・・まあいいや!分かった!」



 そう言って、マーナガルムは森に再び消えていった。








「さてと、どう起こしたもんかな?」



 豪は悩んでいた。先程からずっと待っているが、一向に少女が目覚めない。生きているのは確かなので、出来れば殴らずに起こしたいが、殴る以外に起こす方法が無い。


 そして、悩んだ末に豪が考えた方法は・・・



「うん。殴ろう。殴ればその痛みで起きるでしょ。」



 豪は『男女平等』の意志の下、殴って起こすことに決めた。


 そして、寝ている少女の胸ぐらを掴んで殴ろうとしたその瞬間、少女の目が覚める。



「お、起きた。眠り心地はどうだった?」



 殴ろうとした姿勢のまま、豪はそんなことを言う。



「・・・きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!」


「うおっ?!危ない!」



 少女は目が覚めた途端豪の顔をひっぱたこうとするが、速度がマーナガルムの攻魔よりも遅いため、それを躱して少女を投げ飛ばした。



「痛い!急に何するの?!」



 少女は怒った眼で豪にそんな事を言う。


 それに対して豪は、やれやれと言った風に言葉を漏らす。



「それが何の事を言ってるか分からないけど、殴ろうとしたのは起きなかったからで、投げ飛ばしたのは平手打ちされそうになったからだよ。」


「最低!ホント最低!信じらんない!」


「いやいや、仕方なかったんだって。そんなことより、こっち来て座ったら?何があったか知りたいでしょ?」


「はあ?!・・・ってそうだ。私、死刑を言い渡されて、この迷宮に放り込まれたんだった・・・」



 いきなり落ち込んだ少女に対して、お構いなしといった感じで豪は話しかける。



「その話も聞きたいからさ、ほら、早く。」


「わ、分かった・・・」



 そう言って、少女は豪のそばに座った。






(やった!こんなに綺麗な子と話せるとか中々無いぞ!)



 豪は内心ウキウキだった。地球でも豪はかなり女の子が好きだったので、綺麗な子と話せるとあっては喜ばずにはいられない。


 そして少女はこちらの事を警戒してる様子なので、まずは気になっていることを質問する。



「君さ、この迷宮の事知ってるよね?なんでこんな所に来たの?


 その言葉に、少女は警戒しながら質問に答える。



「え、えっと・・・あ、ある人たちを殺して・・・それで死刑になったから、ここに放り込まれたの。」



 それを聞いて豪は少し驚く。こんな少女が複数人の人間を殺したのだ。実はとんでもない少女なのでは?と少し怖くなる。



「ええ・・・君、見た目に反して滅茶苦茶凶暴だね。」


「違う!あいつらは・・・私の家族を全員殺した・・・殺されても仕方ない連中だったの!」



 それを聞いて、豪は少し面倒臭くなる。



(うわぁ・・・そういうタイプの経験した人かあ・・・こういう人って面倒臭いんだよなあ。)



 完全に他人事の様に感じている豪は、内心面倒臭そうにしつつも、表面上は笑顔で言葉を返す。



「良かったらだけどさ、何があったか教えてくれないかな?ここは迷宮の中だし、僕以外に聞いている人は居ないしね。」


「じゃあ・・・いいよ。」



 そうして、少女はゆっくりと話し始めた。






 少女は総本山に勤める冒険者だった。総本山に勤める冒険者は、誰もが個で軍に相当するだけの力を持っている。それはその少女も例外では無く、その見た目と年齢に反して凄まじい力を有していた。



 そして少女はその日も、総本山からの依頼をこなしていた。



「”強化技を使える下級と思しき魔人の捜索と討伐”・・・?下級なのに強化技が使えるの・・・?」



 色々と矛盾してそうな依頼内容だった。下級に分類される魔人は総じて強化技が使えない。その理由は、魂魄術式の性質にある。


 種族を問わず、全ての生物は魂魄術式を持って生まれてくる。そして、その魂魄術式によって、その生物がどんな事が得意か、どんな才能を持っているか、そして、どんな事が出来ないかが分かるようになっている。


 そして、魔人はその魂魄術式によって、強化技が使えるか使えないかで能力値が大幅に変わってくる。そのため、強化技を使える魔人は、強化技を使えない魔人の能力値の数十から数百倍の差がある。


 下級という事は能力値は大幅に低く、強化技は使えない筈である。それなのに強化技が使えるとこの依頼には記してあるため、少女はかなり混乱していた。



「んー・・・よく分からないけど、そんな特異な魔人ならすぐに見つかりそう。」



 そして少女は、その魔人が発見されたという町に来ていた。



「いやー、まさかこんなことになっているとは・・・」



 そこにはもう町は無く、町と思しき残骸が広がっているだけだった。


 報告では依頼の魔人が逃げた後、天業の逸脱者の魔人が現れ、総本山でも屈指の強さを誇る冒険者が手も足も出ずに、緊急用の瞬間移動を使わされたという話である。


 それを聞いたときは天業の逸脱者に対して恐怖を感じたが、町をこんな風にされては怒りを感じざるを得なかった。



「取り合えず、ここ近辺を捜索して見つからなかったら帰って町の状況を報告するか・・・」



 そして町の近辺を捜索したが、魔人の姿どころか、痕跡すらも見つかる事は無かっ

た。



「ホントにこんな依頼の魔人なんて居たのかな?嘘だったら訴えてやる。」



 一切の痕跡が無かったため、依頼内容が嘘なんじゃないかと感じ始め、少女は少し憤りを感じていた。


 そして総本山に帰ってきた少女は、町の様子を報告し家に帰ろうとしていた。


 空はもう夕暮れになっている。



「早く帰らないと、皆お腹空いてるよね。」



 少女には家族がいる。しかし両親はおらず、姉と少女と妹の三姉妹で暮らしている。両親は冒険者をやっていたが、ある日帰ってこなくなり、それから三人だけで暮らすようになった。


 そして自分たちでお金を稼がねばならなくなった。お金を稼ぐなら冒険者が一番良いが、戦う事に向いている魂魄術式を持っているのは次女の少女だけであった。


 そのため姉と妹には家事をしてもらい、冒険者の自分はお金を稼ぐという形で生活をする事になった。そして思いの外、少女は凄まじい速度で出世していき、総本山に勤めるようになってからは給料も上がり、今ではそこそこ裕福な生活をする事が出来るようになった。


 両親が居なくなってからは三人とも落ち込んでいたが、今では全員が割り切って生活できるようになっている。



「色々あったけど、ホントに良い魂魄術式を持っていて良かった・・・」



 そんなことを呟きながら、家に向かって帰路を進む。そして家が見えた時ふと違和感を感じた。



「明かりがついてない・・・この時間は何時も明かりがついてて明るいのに。」



 帰路を進んでいるうちに空はもう暗くなっていた。周りの建物が形でしか判別できないほどの暗さである。それなのに、ここから見える家には明かりがついていない。少し不自然に感じた。



「・・・嫌な予感がする。早く帰ろう。」



 少女は走り出す。家がどんどん近づいてくる。それとともに嫌な予感も増していく。


 そして家の扉を勢いよく開いた。物音が一切しない。扉を開いた音だけが響いている。



「レナ!ミウ!居るの!?居たら返事をして!」



 そう叫びながら少女は家の中を走り回る。全ての部屋をあたり、姉と妹を探すが、見つからない。そして最後に食料などを入れている倉庫に入ると、そこには姉のレナと妹のミウが倒れていた。



 少女の顔から血の気が引く。2人に近づき『詳細』を使うが、魂魄術式が完全に壊れていた。


 魂魄術式は命そのものである。これが壊れてしまえば、回復することも、蘇生することも不可能になってしまう。



「そんな・・・うそ、嘘よ!!」



 何かの間違いだと、何度も『詳細』を使う。


 何かの間違いであってくれと、何度も『詳細』を使い、二人の魂魄術式が機能していることを願う。


 しかし、何度使っても『詳細』は非情な現実を押し付けてくる。



「嫌よ!何で・・・私が何かした!?皆のために!冒険者として、皆のために働いてきたじゃない!」



 どうしても現実を受け入れる事が出来ず、心の中で『詳細』を何度も唱え続ける。



(詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細詳細―――)



 何百、何千、何万と『詳細』をかけ続けた。


 気付けば外は朝になっている。朝になるまで『詳細』をかけ続けたため、少女の中の魔力は底をつきていた。魔力が尽きた副作用で、体から力という力が抜け、その拍子に少女の心が冷静さをを取り戻す。


 その瞬間、姉と妹が死んだのだと、もう会えないのだという簡単で残酷な事実をようやく理解する。



「なんで………どう、してっ………なんでぇ………」



 少女が泣き崩れる中、死んだ二人の亡骸は魂魄術式が壊れた影響で液状化していた———。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る