第9話 修行

 発見済みの迷宮の中でも、最も攻略難易度が高いとされる「メビウスの首」。その森の一角で、修行という名の拷問が行われていた———



「痛い!痛い!死んじゃうってえええええ!」



 そう叫びながら様々な攻魔から逃げ続けるのは「柊 豪」。そして、数多の攻魔を放っているのはこの迷宮の守護者のマーナガルム。2人は今、「逃げるための」修行の真っ最中である。



「フハハハハハ!どうした王よ!一発も躱せて無いではないか!」


「弾速が速い!範囲が広い!そして何より発射が速い!躱せるわけないでしょこんなもん!」



 マーナガルムの放つ攻魔は常軌を逸していた。まず弾速が速い。エイオンで見た攻魔の何倍もの速さだ。魔の強化を使えば対処できるが、避けるとなるととても無理だ。


 さらに範囲が広い。通常の攻魔と比べ、元の大きさの半分以上大きくなったように感じる。文にしてみると大したことないように見えるが、実際に体感するとその差はとても大きく感じる。


 そして最も厄介なのが、技の発生が速い。この世界では一部の技を除き、心の中で技名を唱えるだけで技を使える。攻魔もそれに含まれているので、一秒間に大体七発の魔法が飛んでくる。


 そんなわけで、豪は修行開始から一時間経っても技を一発も避けられないでいた。



「大丈夫だ!この迷宮に認められた王は、この迷宮では不死身だ!だから存分に致命傷を食らうと良い!フハハハハ!」



 マーナガルムが楽しんでいるのを見て、豪は半ばキレかけていた。だが、それもこれも全部慶介に会いに行くためだ。我慢するしかない。



(くそっ、こんなに食らってるのにまだ全然技の軌道をよめない。エイオンと違って技の軌道に規則性は無いみたいだ。・・・やっぱり、いつもの方法で慣れるしかないかぁ。)



 豪の考えるいつもの方法とは、ただただひたすらに技を食らい続けて、その速さに慣れるという、実に頭の悪い方法である。エイオンでこの方法を実践したときは、攻魔に100時間、攻武に500時間かかったのを覚えている。豪にとっては出来れば実践したくない方法であった。



(まさかもう一回実践することになるとは・・・まあ仕方ない。慶介に会うためだ。)



 そう考え、豪は覚悟を決めた。








 攻魔は一切途切れることなく発射され続けている。



「ぬるい!実にぬるい!的当てゲームでももう少し難しいぞ!王の力はその程度か!」



 既に開始から5時間が経過している。しかし豪は、避けることも、速さに慣れることも出来ないでいた。


(くっ・・・そ!属性を判別できれば何とかなるか…?よく見ろ俺!目を開け俺!)


 エイオンの技には四つ属性がある。その四つは火、氷、雷、影であり、マーナガルムの放つ魔法には、その全ての属性が含まれているように見えた。最初は凄いと思ったが、今はそんなことを考えている暇はない。



(火はオレンジ色、氷は水色、雷は黄色、影は黒だったはず。技の残像からでもそれを判別しないと!)


「ほらほらほらほら!もっと我を楽しませろ!頑張って避けろ!」


(エイオンはラノベでよくあるVRMMOじゃなかった。だから痛みで判別することも出来ない・・・まあ、当たってから判別できても意味無いんだけどね。)



 属性がある以上、痛みにも種類がある。だが、一秒間にあたる攻魔が多すぎるため、痛みでは判別できない。



「弱者をいたぶるのは楽しくないと思っていたが、案外楽しいものだな!良いことを知ったぞ!」


(こいつ・・・やっぱり楽しんでやがるな!攻魔が避けられるようになったら絶対殴る!待ってろよ・・・)



 マーナガルムの楽しんでる姿を見てブチギレそうになるが、そんなことをしてる場合じゃないと考え直す。



(まあ、今日中に慣れることはできないだろうな・・・一刻も早く慣れないと。)



 そして時間は過ぎていく———。










 それから途方もない時間が流れた。豪の心も死にかけていた頃、攻魔の雨が止んだ。



「ふむ、今日はここまでにするか。王の能源がかなり多いとはいえ、心に限界はあるからな。王に廃人になってもらっては困る。」



 それを聞いて、修業が終わったと判断した豪は地面に倒れこむ。



「はあ、はあ、はあ、も、もしかしてさ、この世界の一日って、相当長い?」



 相当な時間修行していたにも拘わらず、全然日が暮れない事を豪は不思議に思っていた。そして今、やっと日が暮れ始めた所である。



「ああ、その通りだ。王にも分かりやすく言うと、大体一日百時間だ。少し誤差はあるがな。」


「長!元の世界の約四日分じゃん!」



 それだけの時間修行していたにも拘らず、豪は一発も攻魔を躱す事が出来なかった。豪はその事実に歯噛みする。



(こりゃあ、千時間コースも考えなきゃな・・・はあ、体中が痛い。)



 ありとあらゆる方向から攻魔を受け続けた豪の体は、痛くない部分がない状態になっていた。しかし、怪我は一切ないことから、本当にここでは自分は不死身なのだと再確認する。


 それに、自分には体力の限界があった事も分かった。今、豪は体が動かせない状態となっている。



(あれだけ走っても疲れなかったのはこの体のおかげか・・・それに関してはほんとにすごいなこの体。)


「王よ、今日はもう休め。明日の夜明けと同時に修行を開始する。疲れを癒さないと修行もままならんぞ。」



 それを聞いた豪は、余計なお世話だとばかりに声を漏らす。



「分かってるよ、マナちゃん。ところで、夜明けまで何時間くらいあるの?」



 何時間眠れるのか気になった豪は、そんなことを質問する。すると、マーナガルムはニヤリとする。



(お、おい。まさか・・・)


「大体三時間だ。」


(どこぞの軍隊かっ!!!!!)



 心の中でツッコミを入れながら、豪は速攻で眠りについた。









 次の日。ほとんど眠る事が出来なかった豪は、夜明けと同時にたたき起こされ、昨日と同じような修行に励んでいた。相変わらずマーナガルムの放つ攻魔は速すぎて、判別する事が出来ない。


 そんな中でも、豪は諦めずになんとか避ける方法を模索していた。



(相変わらず痛すぎる・・・狙いも正確すぎて付け入るスキがない。)



 こんなに連発していれば一発くらいはミスしそうだが、マーナガルムは一切ミスをすることなく、全ての攻魔を正確に命中させていた。


 その理由は攻魔の攻撃システムにある。攻魔での攻撃をするとき、技そのものを発射する地点は何も手のひらの中とは限らない。


 攻魔は最も序列の低い技であるため、汎用性も高く、応用がかなりきく技だった。


 エイオンでは、攻魔もそうだが、技を発射するときはまず発射地点を選ぶ必要がある。

 その発射地点だが、なんと視界に移ってる場所なら何処でも良いのだ。


 「視界に移ってる場所」であるため、相手の体の中や、自分から見た死角には撃つことは出来ないが、それでも十分使いやすい技である。


 その性質のせいか、豪は攻魔で四方八方から袋叩きにされている状態であった。



(発射と着弾には多少のラグがある。そこをつけば何とかなるはずだけど・・・なんとか魔力を感知したりできないもんかな。)



 豪は、ラノベでよくある「魔力感知」が出来ないかと悩んでいた。


 攻魔の発射が速いといっても、ラグが無い訳じゃないようで、昨日からずっと観察していたところ、大体5フレームのラグがあるように感じた。あらかじめ発射地点の魔力を感知できれば、この高スペックの体なら例え5フレームでも避けられるだろうと思ったのだ。



(そもそも魔力って何だったかな?ラノベだと単なる体内エネルギーだったけど・・・)



 魔力を感知するためには、魔力がどんなものかを知る必要があるのではないかと思った。



(エイオンだと確か、「自身の知識量に依存して増加する放出可能な体内物質」だったっけ・・・うーん、流石に設定資料の情報だけじゃ分かんないか。)



 設定資料集の中にそれっぽいものが無いか思い出そうとするが、そもそもエイオンに「魔力感知」なんて技は無かったので、考えるだけ無駄だと思い至る。



(ていうか、本当に「自身の知識量に依存して増加する放出可能な体内物質」なら、別に特別な方法で感知する必要は無いんじゃないか?)



 暗黒物質の様な知覚不能な物質なら兎も角、説明を見た感じ特別感の無い魔力なら、「魔力感知」が無くても普通に感じられるのではないかと思い至る。



「・・・やっとその考えにたどり着いたか・・・あまりにも遅すぎるぞ、王よ。」



 すると、一切何も喋らなかったマーナガルムがいきなり口を開き、おかしなことを言い始める。



(おいおいまさかこいつ・・・)


「その通りだ。我は王の心の声がはっきりと聞こえるぞ。まあ、特殊な条件下だけだがな。」


(プライバシーもクソも無いなおい!)


「まあそう怒るな。そもそも魔力を感知するも何も、そこらに沢山あるではないか。」



 そう言われて、考えつつも放棄していた仮説が一つ思い浮かんでくる。



(ま、まさか・・・この空気っぽいの、全部魔力か?!)



 すると、マーナガルムが嬉しそうに言う。



「フハハハハハ!その通りだ!感知とかなんとか、そんなことで長時間悩んでいた王は、見ていて面白かったぞ!」


(あーもうこいつ絶対いつか殴る。ってこれも聞こえてるのか。なら宣言する。お前いつか殴る。)


「分かった分かった。今はそんなことはどうでもいいから、さっさと発射地点を予測できるようになってくれ。」



 気を取り直した豪は、周りの魔力を感じることに集中する。



(集中集中・・・おそらくだが、攻魔を発射する直前、大気を満たす魔力に乱れが生じる筈。そこを感じ取れるようになれば、必ず避けられる。)



 そう考え、魔力を感じ取れるように、感覚を鋭敏にする。


 しかし、そう上手くはいかないもので———



(そこかっ・・・違った・・・じゃあここっ・・・また違う。)



 鋭敏に感じ取ろうとすると、「なんとなくここなんじゃないか」という感覚が邪魔して全く感じ取る事が出来ない。



(あと少し・・・あと少しなんだ・・・あと少しで何かが掴める。)



 無数に放たれる攻魔の中、必死に考えを巡らせる。もう、痛みなどは慣れてしまっていた。



(感じろっ!魔力となった空気を!それを乱す魔力を!)



 もう日が暮れそうになっている。この修行を開始してから、もう200時間が経過している。そろそろ何かを掴まないと、流石に限界だった。



(慶介に会いに行くんだ!それなのにこの程度の事が出来ないでどうする!)



 必死に魔力を感じ取ろうとする。すると、刹那の瞬間、頭上から何かが固まるのを感じる。



(ここだあああああああああああああああああっ!!!)



 それを感じ取った豪は、後ろに飛ぶようにして頭上のそれを回避する。

 すると、目の前スレスレを「烈火」が通り過ぎていった。そしてそれは、そのまま通り過ぎていき、すぐそこの地面に着弾した。



(や、や、や、や、やったああああああああああああああああああああああああ!!!)



 遂に一発避けられたことを喜んでいると、攻魔の雨が止む。



「王よ、やったな。まさかここまで時間がかかると思ってなかったぞ。驚きだ。」



 そんなことが聞こえるが、豪は一切気にしない。



(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)


「やったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 心の中でも現実でも喜んでいる豪を見て、今何を言っても無駄だと判断したマーナガルムは———



「夜明けと同時にまた修行を再開するからな。それまでに休んでおけよ。」



 とだけ言い残して、森の中に消えていった。



「(いえええええええええええええええええええええええええええええええええええい!!!!!!)」



 森には、ただただ豪の叫び声だけが広がっていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る