第8話 各々の決意と、戦争
「で?修行ってどんなことをするの、マナちゃん?」
名前の呼び方が「マーナガルム」だと長すぎると思った豪は、頭文字の二文字だけ取った呼び方で狼モドキの名前を呼ぶ。
しかし、少し不快に思ったのか、狼モドキは嫌そうな顔をしながら豪に言葉を返す。
「なんだその呼び方…まあいい。主に教えるのは戦うための体術ではない。とことん逃げるための体術だ。」
それを聞いて、豪は少しがっかりする。
「なんだ…『柔よく剛を制す』って感じで、格上相手でも通用するような体術を教えてもらえるのかと…」
せっかく異世界に来たのだから、無双して世界を回りたいと豪は考えていた。
しかし、この世界の基本能力値が自分の10倍だと知ってから「それは無理だ」と半分諦めていた。だが、この狼モドキならチート級の体術を教えてくれるかもしれないと期待していたので、それを教えてもらえないと知った豪は、自分が無双する道が完全に断たれたことを理解した。
そして、そんな豪の嘆きを聞いたマーナガルムは、呆れたように声を出す。
「そんな都合のいいものを、武術の達人でもない我が知るわけないだろう。それに、そんなものがあったとして、どんなことに使うつもりなんだ?」
「そりゃあお前…いや、確かに使うことなかったわ。」
「無双するんだよ」と言いかけた豪は、一瞬思案し、格上を圧倒する体術を使えたところで、具体的なやりたいことが無いことに気付いた。「そんなものを手に入れても仕方ない」と気付いた豪は、自分が無双する道を完全に諦めた。
「そうだ。例え、格上を圧倒する体術があったとしても、敵に援軍が来たり、敵が武術の達人だったりしたら、負けるのは主だからな。そんな技術、持っていても意味がない。」
自分が理解しているとはいえ、余りにもはっきりと言われた豪は少し落ち込む。
「そんなに断言しなくても…」
「事実だろう?この世界の人間は、主の世界の人間に比べて寿命が長い。そして人間の平均能力値は主の約10倍。もし、冒険者や騎士が主と戦ったら、負けるのは主だ…まあ、技を使った場合は別だが。」
「え?最後何言った?」
「うるさい。それよりも、今日はもう休め。修業は明日から開始だ。しっかり休まないと死ぬぞ。」
「んな大げさな…え、どこで休めばいいの?」
「勿論ここだが?」
そう言われてあたりを見回すと、ここ周辺は少し開けているとはいえ、周りは森、森、草、森、森、草、森、森、草、森、森、草だらけだ。
我慢できないわけではないが、できれば土の上で寝たくないと思った豪はマーナガルムに抗議する。
「え!?そ、その、なんかないんですか?」
「布団とかそんな大層なものはないぞ。それに、ここ以外の場所に行くと、我がいなければ迷ってしまうからな。絶対にこの場所から動くなよ。」
「り、了解です!」
また迷ってしまうのは嫌なので、豪は意地でもここから動かないことを決意する。
豪が自分の言いつけを理解したと感じたのか、マーナガルムは森の茂みの中に消えていった。
「はあ…今日は、色々あったなあ…」
森で身ぐるみはがされそうになったり、この迷宮で殺されそうになったり、町で殺されそうになったり、迷宮に認められたりと、密度の濃い1日だったと豪は思う。しかし、この世界で慶介が生きていると知れた豪は、それだけで満足だった。
「絶対に、絶対に見つけ出してやるからな。慶介。」
この世界で慶介を見つけ出すを決意した豪は、空がもう暗くなっているのを確認して眠りについた。
森の中心、ラビリンスの近くに、先程までマーナガルムの姿をとっていた獣がひざまずく。
「―――」
「はい。ここまで全て台本通りです。町の崩壊、『哀』の弱化、友人を助ける覚悟。全てが我が君の思い通りに進んでおります。」
獣はラビリンスをまっすぐ見つめながら、淡々と報告をする。
「―――」
「はい。明日から修業を開始するつもりです。期間は約半年、その間に、あの者がこの世界で生きていける程度には鍛えます。そしてその期間を利用し、『哀』の完全消去を行います。」
「―――」
「はっ。これから事後報告の頻度は下がりますので、一定期間後にまとめて報告いたします。」
「―――」
「では、失礼します。」
獣はそう言うと、周りの景色に溶け込むようにして消えていった。
「誰か、『再生』の魔法を使える者はいないか!重症だ!」
「ダメだリーダー!いるにはいるが、呼ぶのに5分ほど時間がかかる!」
ここはアストールの首都、『レイジング』。その中央に建つ巨大な建物、『登城府』の地下の転移部屋である。
青髪の魔人が破壊した町から緊急転移装置でこの地下に転移してきたファルファ達は、先程魔人に殴られたラビンが意識を失っていることに気付き、登城府に常に配備されている医療班を呼ぶことにする。しかし、こちらに来るのに時間がかかると聞いたファルファは、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「なら、私はラビンの容態を確認する!レンファは医療班を呼んできてくれ!」
「了解!」
心得たとばかりに、レンファは転移部屋から走って飛び出していく。
その様子を見ていたミラは、あたふたしながら声を出す。
「…あ、あの、私は何をすればいいでしょうか…?」
それを見たファルファは、ミラに頼めることを考えて指示を出す。
「ミラは時間干渉系の剣技を使えたよな?それを使ってラビンの体の時間を止めてくれ!」
体の時間を止めれば傷の進行を抑えられると考えたファルファは、ミラにそう命令する。
「…わ、分かりました!…『剣技』クロノス」
そう呟いたミラの眼前に、赤と青の炎に包まれながら、紫色を基調とした刀が出現する。その刀には鍔が存在せず、刀身もむき出しになっている。しかし、その刃の放つオーラは、一緒に転移してきた町民たちを圧倒するほどの存在感を放っている。
「いきます…『
手に取った刀を、そう言いながら地面に突きさすと、ラビンの体を一瞬にして透き通る紫色のドームが包み込む。
「よし、止まっているな…じゃあ容態を確認する。『詳細』。」
詳細。それは、目の前の物(生物、無生物問わず)が、どういう状態か調べる補助の魔である。
それを使って目の前のラビンの体を調べたファルファは、顔を歪める。
「…まずい、魂魄術式が完全に壊れている。あと一分でラビンは完全に死んでしまう…ミラ!その技はあと何分維持できる!?」
ミラの力でラビン体の時間を止めているため一分では死なないが、ミラの力が切れてしまえば、ラビンはすぐに死んでしまう。
そしてそう聞かれたミラは、少し考えてファルファに返答する。
「波動、闘魂、魔力、これらをすべて使っても10分ほどが限界です。」
「上出来だ!私のも分けるから頑張って維持してくれ!」
ミラは申し訳なさそうに、ファルファに謝る。
「…すいません…私の根源が少ないばかりに…」
その言葉に、ファルファは笑いながら反応する。
「そんなことはないさ。その剣技が使えるというだけで私は助けられている。気にするな!」
それからしばらくして、レンファが人を一人連れて戻ってきた。
連れられてきた男は、白と黒を基調としたローブを着ている、糸目の男だ。男は倒れているラビンを見て、言葉を漏らす。
「あのラビンがこんなにボロボロになるほどやられるとは…天業の逸脱者にでもあったのか?」
『詳細』を使ったのか、ラビンの容態を察した様子の男は、悲痛に顔を歪める。
その男を視認したファルファは、その男に指示を出す。
「ロブ!ラビンに再生をかけてくれ!」
「ああ、構わない…が、この状態を治すには5分ほど継続して魔法をかけねばならないが、その技はあと何分持つ?」
「ミラのみだと3分だが、私の分も合わせれば20分は持つはずだ。さあ、早く!」
「了解…『再生』」
ロブと呼ばれた男がそう唱えた瞬間、ラビンの体が緑色に輝きだす。
補助の魔の一つである『再生』とは、回復に特化した魔技である。その効果は、対象物(生物、無生物問わず)の時間を巻き戻す能力を持つ。巻き戻せる時間は、魔法をかけている時間に応じて増えていくが、その間常に魔力を消費することになるので、並の人間では1分も継続してかける事が出来ない。
しかし、このロブは武技が使えない代わりに、膨大な魔力と特殊な魔法を使えるため、最大で15分も継続して再生を使う事が出来る。
この力はアストールでも希少とされており、戦争などでも重宝されていた。
~~~5分後~~~
「よし、とりあえず終わったぞ。」
5分間継続して再生をかけ続けたロブは、そう言って立ち上がりラビンから離れる。
「ありがとう、ロブ…さて、『詳細』」
詳細でラビンの体を調べると、完全に壊れていた魂魄術式も完全に治っており、ラビンの体は一切の異常はなくなっていた。そして安堵のため息を漏らしたファルファを見て、周りの3人も安堵する。
「ふぃ~、今回は本当に焦ったな。」
「…ふぅ、技は解除しました。もう少ししたらラビンさんも目覚めるはずです。」
ロブも声は出していないが、その表情から安堵しているのが分かる。
そしてしばらくして落ち着いたのか、ロブがファルファたち3人にあることを伝える。
「3人とも、聞いてくれ。始祖は今回の件を受けて、登城府を起動することを決断された。」
それを聞いた3人は驚きをあらわにする。
その中でもファルファはかなり驚いている。
「しょ、正気か!?登城府を起動すれば、この冷戦状態は完全に壊れる!」
「その通りだ。ラビンがやられたことを報告した際に、すぐにご決断なされた。」
「…つまり、元々起動させるつもりだったという事か…」
その言葉にロブは「その通りだ」と頷き、さらに言葉を続ける。
「今回の件はきっかけでしかないということだな。」
ファルファは歯ぎしりをし、悔しそうに言葉を漏らす。
「…総本山も、なのか?」
無言でファルファを見つめるロブの目に嘘がないと気付いたファルファは、悔しそうにしつつも、了承の意を示す。
「…分かった。2人とも、準備に行くぞ。」
「…ファルファさん、本当にいいんですか?」
その言葉を聞き、ファルファは昔のことを思い返す。
『弱いな。弱すぎる。その強さでてめぇの始祖を守れるとでも思ってんのか?』
顔は見えないが、少女と思われる綺麗で抑揚のない声で呟きながら、地べたに這いつくばるファルファを見下す。
「だ……だま…れ…薄汚い…魔人め…」
ファルファは恨みがましく目の前の人物を睨む。
(こいつは、始祖を殺そうとしている。始祖を殺されれば、人間が生きる意味も、生きる方法も無くなる。なにより、あの方は殺されるべきではない!)
「…らぁあああああ!『轟雷』!」
ファルファは這いつくばりながらも、なんとか雷の攻魔を放つ。しかし、あっけなく敵の拳でかき消されてしまう。
(なぜだ…なぜだ!なぜこいつには攻魔が通じない!強化封印も、強化消去も、全てが無効化されてしまう!なぜ…なぜ…)
『学習とかしないのかな?そろそろ攻魔が効かない事くらい分かったろ?』
「くっ…ま…だ、だ。」
『あーもううるせぇ。そろそろ帰還するからお前は殺さないでおいてやる。それに、無様すぎて殺す気にもならねぇ。』
「くっ、ハハ…に、逃げるのか…」
『そもそも今回は始祖を殺すことが目的じゃないしな。始祖を殺すだけなら、俺たちだけで戦争やってるぞ。』
「つ…次は…負けん…ぞ。」
『あー、ハイハイ。次を楽しみにしてるわ。』
「…大丈夫だ。私たちの始祖は必ず守る。魔人を束ねる魔王は殺す…ただ、それだけだ。」
やるべきことを決意したファルファは、皆を置いて部屋から出ていく。
友を見つける決意をした者。
守るべきものを守ると決めた者。
策を練り、それを実行に移す者。
三者による、世界を揺るがす戦争が、今、始まる。
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