第3話 謎の力

「ヤバいな、また迷った……………」



 豪は再び森で迷っていた。先程いた森は抜け出すことに成功したが、その後別の森に迷い込んでしまったようだ。その森は先程のものとは違い、木が地球のように自然な曲がり方をしている。



「何でか知らないけど、技も使えなくなった。だけど能源は全て無事……………なんか、技封印の結界に閉じ込められた時と似てるな。」



 豪は至って冷静なように振舞っているが、実際のところ、心の中は恐怖感で満たされている。彼はそんな自分をごまかすために、今の自分の状況を必死に分析していた。



(考えるな……………考えるな!怖がってちゃダメだ。自分でどうにかしないと!)


「取り敢えず歩き続けるしかない。この状況が結界によるものだったら、いざとなれば極技を使えば切り抜けられる。そして────」


(もし、極技も封じる何かがあったら……………?)


「────────ッ!考えるな!」



 豪は森に響くほどの大声を出し、自分に言い聞かせるようにその言葉を放つ。豪は基本的に怖がりだ。ホラーゲームなども、一切やったことが無いし、見たことが無い。そんな男が森で迷子になれば、たとえ昼と言えどもパニックになるのは当然と言えた。



「取り敢えず、来た道を戻ろう。今まで歩いた場所は覚えてるし、なんとか────」



 ガサッ



「────ッ⁉」



 豪の周囲の草むらから、草が揺れる音が響いた。どこから聞こえたかは分からなかったが、聞こえてきた音の明瞭さからすると、豪の居る地点の付近であることは間違いないだろう。



「どこだ!今の音は、どこから────」



 そして、豪の背後から全長五メートルはありそうな狼が現れる。その狼は目は赤く、体躯はシェパードの数倍は筋骨隆々であり、体は茶色の短い毛が包んでいる。

 その正面に立った豪は、必死に体を構えようとするが、恐怖によって体が硬直してしまう。尻もちをついて座り込んでしまった豪は、必死にその狼から逃げようとする。



「嫌だ、嫌だ!」


(また、前と同じだ────)



 豪の体は狼に対しこれ以上ない程恐怖しているが、心の中では恐怖と同時に屈辱の念を抱いていた。それは昔の出来事に対しての後悔でもあり、豪の心は二つの感情がせめぎ合って豪自身を追い詰めていた。



(あの時とは状況も、動物も違う。だけど、俺はあの時────あいつを置いて、逃げ出した。)


「まだだ、来た道を戻りさえすれば、逃げられるはずだ!立て、立てッ!」



 ふと後ろを振り返ると、狼が豪に対して走って向かって来ていた。

 豪はその事にさらに恐怖を抱き、腰が抜けていながらも、這いつくばってその場から逃げようとする。



(今度は、俺が死ぬ番────)


「あ、ああっ────────あがぁっ!」



 豪の喉元に、狼が的確に噛みついた。その太く長い牙は、豪の首を易々と貫通していき、彼のへ幾つもの穴を開ける。



「ぁ────ふっ────」


(だけど……………あいつは、足掻いてた。)



 首に噛みつかれた豪の頭に、鮮明にトラウマとして残っている思い出が蘇る。

 今の豪はその思い出に写っている人物よりも、果てしなく情けなく思えた。故に、豪は覚悟を決める。



「ぐ……………あぁ────っ!」


(せめて、俺も足掻いて────────)



 次の瞬間、豪の意識は闇へと落ちていった。



 ★★★★★



 豪の首に噛みついた魔獣、「マーナガルム」は仕留めた獲物を地面に置いて熟考する。



(…この人間、とんでもなく弱い…おそらく、今まで見てきた人間の中で断トツの弱さだろう。こんな強さでこの森に入ってきたのか…他に仲間がいるわけでもない…何なのだこいつは…)



 この森の名は「メビウスの首」。この世界に存在する迷宮の中でも最も危険な迷宮とされる物の一つである。


 迷宮とは、入ったら最後攻略しない限りは決して出られなくなり、無限にさまよう事になる、自然にできた迷路のことである。


 この迷宮は、入るとあらゆる体内エネルギーをを森に入っている間ゼロにする、という能力がある。そのため、この迷宮に挑む者は剣技、武技、魔技以外の戦法を身につけなければ自分の身を守る事が出来ない。


 そして、最も恐ろしいのが、体内エネルギーを全てゼロにされるため、体を動かすためのエネルギーも無くなり、普通の人間ならば入った瞬間に死んでしまうのである。


 そのため、この迷宮には誰も行こうとせず、攻略されないまま放置され続けている。



(そういえばこの人間、森に入ったにもかかわらず普通に活動していたな…ということは、こやつ普通の人間ではな―――!?)



 気配を感じて、先程仕留めた獲物を見ると、先程の攻撃を何とも感じていないように起き上がっていた。しかし、少々様子がおかしい。



(意識は、無いようだ。目に光が無い。)



 まるでロボットのように立ちあがった豪は目に光が無く、口もポカーンと空いていた。今の豪は誰の目からも、様子がおかしく見えるだろう。

 マーナガルムはその現象に警戒をし、ほんの少しの動きも見逃さないと豪を鋭くにらみつける。



(あの光────もしや!)



 すると、豪の体から赤く光る光の粒子が溢れ出てくる。その光景はとても幻想的であり、一般人が見れば見とれてしまうだろう。しかし、それを見たマーナガルムは一気に恐怖と言う感情に支配される。



「させぬっ!」



 豪の口が動く。その口から出ている声は誰にも聞こえないほど小さいが、マーナガルムには何を口走っているかがハッキリと理解できた。



「【極技】強化───────」


「『震撃』っ!」



 豪が何かを言い終わろうとしたとき、マーナガルムがそれを言い終わる直前に武技を放ち、豪に直撃させる。

 マーナガルムの武技を伴った体当たりが当たった豪は、言葉を言い終わろうとする前に十数メートル吹き飛ばされ、再び気絶させられてしまう。



「実に危ない……今の現象、そして口走った言葉………間違いない。こいつは────」



 ★★★★★




「ハッ!!………夢?」



 豪は目を覚ました。あの狼モドキに襲われたことを思い出して少し過呼吸になる。



「ハァ…一体あいつは何だったんだ?てか俺絶対死んだよな。」



 そう言って首をさする。しかし傷は残っていない。夢だったのかと一瞬思ったが、それはないと首を振る。



「あんなのに襲われて死にかけたのに、夢なんてことは絶対あり得ない。あれは絶対現実だった。…だけど、夢じゃないのならあの狼モドキはどこ行ったんだ?」



 しばらく狼モドキが何処に行ったかについて考えていたが、いくら考えても結論は出ないと察し、考えるのをやめた。



「まあ、いいや。今こうして生きてるんだし、どうでもいいか。」



 そして、豪はこの森を出る方法を考える。



「もう怖がらないぞ。叫んだりしてさっきみたいに襲われたりしたら元も子もない。落ち着いていこう。」



 豪は異常なほど落ち着いていた。さっきまで死の恐怖に震えていたのに、それをなかったかのように森を出る手立てを考えている。しかし、本人はそれに違和感を覚えない。


 まるで、それが普通だと言わんばかりに。


 そして、マーナガルムが倒されたことにより、森に変化が起きていた。


 豪のいる位置からある方向に向かって木々が避けていったのである。



「なんだ!?また狼モドキか?それともまた別の…」


 

 そして木々が避けた先には、一つの紫色に輝く手のひらサイズの水晶玉のようなものが浮かんでいた。


 危険かもしれない。だが、豪の体は不思議と紫色の水晶に向かっていた。


 豪には不思議と抵抗する気もなく、引き込まれるように紫色の水晶に向かっていた。



「なんだ…これ…少しなら触っても大丈夫、だよな?」



 そして、豪は水晶に触れた。すると、視界が光り輝き、体に浮遊感を覚えた。


 しばらくして光が収まると、目の前には草原が広がっていた。そして後ろを振り向くと、さっきまでいた森が広がっていた。



「ま、まさか…森を出られたのか?」



 その事実に気付いた瞬間、胸に安心感が芽生えた。


 もう出られないと思っていた。しかし、こうして出る事が出来たからか、また泣いてしまった。



「よかった…本当に良かった…」



 そして、その出られたことに対する喜びをしばらく噛みしめて、再び町に向かう決意をする。



「町までもう少しなはず!急いで町に行こう!」



 そう言って町がある方向に走り出した。

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