第2話 柊 豪
「ふう…今週もPVPランキング一位キープっと。」
そう言ってランキング欄を閉じた男は「柊 豪」。
ここ一年、このPC版MMORPGである「エイオン」のPVPランキング一位をキープし続けている男である。(引きこもりでもある)
他のプレイヤーに言わせれば、「ありえない」や「やってるゲームこいつだけ違うだろ」などと言われる戦法等で他プレイヤーをボコし続けている。
というのも、この男はゲーム内では不遇とされる種族などを用いてPVPをやっていた。
その種族は、「魔人」。
攻撃力、体力、防御力、速度共に平均的な同レベルプレイヤーの1,5倍の能力を誇るも、レベルを一上げるのに普通のプレイヤーの5倍の時間を必要とする種族である。
これだけなら使われない理由にはならないが、本当に使われない理由はもう一つあった。それはゲームシステムである。
このゲームにはPK(プレイヤーキル)システムがあった。そのシステムは、全てのエリアがPK可能区域になっているため、自分よりも高レベルのプレイヤーに目をつけられれば逃げ場がなくなるという理不尽なものだった。
しかも殺されてゲームオーバーになった場合、キャラメイク以外の全てのデータが消去される仕様になっていた。
そのため、他人よりも早く強くなることが必須になる。
そのせいで、レベルが最も早く上がる種族である「人間」が最も多く使われ、魔人は殆ど使われなくなった。
例え、魔人を使っているプレイヤーがいたとしても、ステータスの高い種族のため、優先的に狩られるのである。
故に、魔人は一切レベルを上げることができなくなり、ランカーはおろか、初心者でも使う人がいなくなった───────はずだった。
ある時期にエイオンの中にあるプレイヤーが二人現れる。
そのプレイヤーは、あらゆるプレイヤーの「魔人監視網」を潜り抜け、一年以上かけてレベル100にたどり着いた。
そのプレイヤーの一人が、柊 豪だった。
柊 豪は、自分の時間の9割をエイオンにつぎ込みレベルを上げていった。
寝る時間や食事時間も必要以外は全てエイオンにつぎ込んだ。案の定、体を壊して3回ほど入院する羽目に陥った。親に怒られたのは言うまでもない。
しかし、勉強はしっかりしていたので、親もゲーム禁止にしたりはしなかった。
レベルが100に届いてからはある一人を除いて、他プレイヤー負けることはなくなった。
しかし、その一人もいなくなったので、実質無双状態である。
「さて…魔人報告は…うん、ないな。」
二人の魔人プレイヤーが現れてから、魔人の恐ろしさを思い知ったプレイヤー達が一切抜け目のない魔人監視網をひいた。それからは、一切の魔人プレイヤーが現れていない。
豪としては自分一人の種族ということで少々寂しさもあるが、自分が1位をキープできるなら何でもいいという感じである。
「はあ…このゲームも飽きてきたし、そろそろ辞め時かな。」
四年以上続けてきたゲームだが、ある出来事があってからモチベーションがほとんど上がらない。
思い出のゲームとして続けてはいるが、そろそろ別のゲームゲームをやってみてもいいだろう、と豪は思った。
「もうこんな時間か。そろそろ寝よう。」
時計は朝の四時を指していた。豪からすればもう少しで夜なので、ベッドに潜り込んで睡眠に入った。
「…………どこだここは!?!?」
目を覚ますとそこは深い森の中だった。それもただの森ではない。木々があり得ない曲がり方をしていた。
「目を覚ますと見たことない場所というと、異世界転移が思い浮かぶが…とりあえず、森を抜けるところから始めないと…。」
まだ少し混乱している。何が起こってるかも理解できていないし、これから何が起こるかも想像できない。それでも動かないと何も変わらないと判断し、豪は森を抜けるために歩き出した。
それから小一時間ほど歩き続けて、森を抜けることができた。それはど大きい森ではなかったようだ。
そして抜けた場所は崖が突き出した場所だった。
その眼下に広がる景色を見て、確信する。
「ここ絶対異世界だな!少なくとも地球じゃない!興奮してきたぞ!」
眼下には、町が広がっていた。東京みたいな町ではなく、お約束の中世みたいな街並みである。
「よし、まずはあの町に行ってみよう。でも、どうやって行こうか…」
目の前には崖しかなかった。崖下に行くための道は周りには無い。
崖下を覗き込むと、地面までは50mはありそうだった。普通に考えて落ちたら死ぬだろうが、不思議と恐怖心はなかった。
「ちょっと、飛び降りてみるか。なんか面白そう。」
そして飛び降りた。地面に着地したが、怪我は一切なかったし、痛みもなかった。
「てか、さっきから気になってたけどこれ俺の体じゃないよな。多分、エイオンで使ってた俺のアバターだよな。」
森の中で歩いた感覚、視点の高さ。感覚的な部分ではあるが、豪は今の体が元の自分の、日本で暮らしていた時の慣れ親しんだ体ではないと半ば確信していた。
アバターとして使っていたキャラは男で、体がボディビルダーのようにムキムキだった。これが自分の体だと思うと、少しうれしい。
「てことは、武技と魔技と剣技が使えるのか!!」
エイオンでは、武技・魔技・剣技の三種類の技を用いてPVPやPVNを行っていた。厳密に言えば更に六種類に分かれており、どれも技の種類が多く、戦法が被るプレイヤーが殆ど現われないほどだった。
(この体でもあの技が使えるのだとしたら、それだけでこの世界の転移してきて正解だと言えるな。何はともあれ、取り敢えずは街を目指さないと。技の練習をするのはそれからだ。)
崖の上から見た時、右奥の方向に町が広がっていたのを覚えていた豪は、崖の位置を確認し、町のあるであろう方向に歩き出そうとしていた。
しかし、そんな豪の前に十人の男たちが現れる。自身と同じくらいの身長の男達が大勢並んでいるため、豪は少し尻込みしてしまう。
(えっ?なに?なんだこいつら。)
「おい兄ちゃん、珍しいもんを着てんじゃねぇか。それに持ち物も良いもんも持ってそうだ。全部置いてけ!」
森の中、数人の男、そして今の言葉。豪は本能的に、今自分の目の前にいる男達が盗賊の類の輩だと理解した。いつもであればこの男達に対して恐怖を抱いていたことだろう。しかし、豪は今の自分の体がどんな体なのか理解していた。
ゲーム内で何度も勝利し、あらゆる死線を潜り抜けてきた言わば自分の半身のようなアバターだ。戦ったとして、負ける可能性は一切考えていなかった。
戦う決心を決めた豪は、十人の男に対して勢い良く吠える。
「誰が置いてくか!全員すぐに片づけてやる!」
そう言って男たちの一人に殴りかかった。
結論から言うと、負けた。人数差で負けたとかではなく、男たち一人一人が自分より強かった。そして自分の弱さに同情されたのか、服だけしか奪われなかった。
(まあメイン装備でも何でもない服だったからいいけどさ…真っ裸になっちゃったよ。紋章に入っている服はどうやって取り出すんだろう。)
それから色々やっていると、右手の甲に光っている紋章を見つけた。その紋章を触ると自分の中にある何かが抜けていく感覚がした。
「あ、そうだ。ゲーム内だと、手の甲に魔力を流して取り出したいものを考えると出てくるんだった。」
頭の中で服を取り出すことを考えて、改めて先程の感覚で魔力を流すと、目の前に先程盗まれた服の予備が現れた。それを着た豪は、先程の盗賊について思案する。
「盗賊強すぎだろ…受けたダメージ的に俺の攻撃力の十倍はあったぞ。でも怪我はしてないな。ゲームと一緒で攻撃されても外見に変わりはないってことか。」
そう言って魔技を使って自分を回復させる。魔技の使い方は割と簡単で、頭の中で技名を唱えることで魔技を発動させることができた。結構ダメージを受けていたようで、かなりの量の魔力が抜けていく感覚が分かる。
「これは、早めに武技と剣技の使い方も確かめないといけないな。」
そしてまず武技を発動させる方法の確認をする。武技を発動させるために使う「闘魂」はゲームの設定的に、胸のあたりの熱を動かす感じで使うと見たことがある。
「よし、やるか!集中…集中…」
しばらく胸の熱を動かすように集中していると、何かが動いた感覚があった。
「やっとだ!これが闘魂かな?発動方法は魔技と一緒かな?」
頭の中で武技の一つである空歩を唱える。すると体が浮かび上がった。成功だ。
「うおお!やったぜ!これうまく使えば空を飛べそうだな!」
そして空歩の発動を止めると、体が地面についた。
「止めるのも割と簡単だな。武技と剣技は動かすエネルギーは同じだから剣技も発動できるだろう。」
そういって立ち上がると、豪は町に出発する。
「早めに町に行こう。さっきみたいに盗賊に襲われるかもしれない。」
盗賊の強さが分かった今、この世界の人間と敵対するわけにはいかない。
あの盗賊達が特別強かったのかもしれないが、そうとも限らないので、周囲に気をつけて町に向かう。
そして町への道の途中にあった森に入ったところで、また遭難した。
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