泡沫に黴を載せて


思い出したくもない。


幼稚園で、「おともだち」の嘘っぱちで理不尽に怒られたこと。


小学校で、目が痛いからと向かった保健室の先生にカレーを容れるような大きな銀の水差しで目に無理やり水を流されたこと。


音楽の授業中に嫌だと言っても手を退けようとしてもニヤニヤと頬を潰そうとされて、限界が来て泣いて、先生が咎めてくれたと思ったら加害者側が泣き出したこと。


中学に入ってしばらくして、朝起きようとしても上手く体が動かなくて、動くにも苦しくて布団の中で往生していたら、母親にかなりの力で背中を十数回叩かれたこと。


引き摺って高校でも同じようなことになった時、またサボりやがってと悪態をつかれたこと。


それよりも、それよりも。


まだ、今よりずっと、夜が怖かった時。深夜に起き出してしまって、その頃はまだ母親の隣で眠っていたから、不安を消したくて隣を見たら、母親がいなかったこと。


まだ独身で2階に部屋を持っていた姉に泣きついてわめいて、それでも不安が取れなかったこと。


その少し後、たまたま母親の携帯が開きっぱなしになっていたせいで、私が眠っている間に男に股を開いているのが分かったこと。


ふと。ふと、気がつく。自分の奥底に染み付いた悪夢。例えば鞄にハンカチを入れてくるのを忘れて、あぁ忘れてた、と零した瞬間に、周囲にある全ての扉が一斉に開くように頭の中に流れ込んでくる。


自分が知っている言葉に置き換えるならば、走馬灯と呼ぶのがしっくりくる。人が死ぬ前に見る、これまでの人生の回顧。いつも隣にそれがある。いつも隣に死が座る。


なぁ、そこのあんた、生きているか。体じゃない、目じゃない、喉じゃない。あんたの心臓の真ん中が、生きているか。勝手に動く機械みたいな外面じゃなくて、その真ん中の、やらかい水みたいなそれが、腐ってないか。


生かしておいてやってくれ。あんたの体が死ぬまでは、生かしておいてやってくれ。何も無くていい。純粋な水のままで、生かしておいてやってくれ。


あぶくに黴が生えたんじゃ、取り返しがつかないから。

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