茉莉花を聞きこぼす


普段は乗せない強めの赤を唇に置いて、膨れ上がった期待感に混ざる、ちょうど今の空模様のような微かな不安感を水でゆすいで家を出た。鍵はちゃんと閉めたし、財布も携帯もある。付けっぱなしになっていたスイッチ式のコンセントもオフにした。忘れ物はないはずだ。

いつもの道路を歩いていたら、茉莉花に似た香りが頭を突き抜けるように風に紛れていった。発生源を特定するには鼻をくすぐった時間が短すぎて本当に茉莉花だったかも怪しいけれど、忘れるには強すぎる明瞭で華やかな香りは、その後しばらく私の頭を支配した。

ぼんやり茉莉花の姿を思い出そうとして、違う話を引き出した。その香りがついた茶葉は、女の色気を格段に上げるのだという。嘘か誠かはさておき、面白い話であるのは事実だ。仮に嘘でも思い込みで効果が出るかもしれない。本当ならなおのこと面白い。どう転んでも良いのだから、得な話だ。

はてさて本当なのだろうか。羽目を外したとしても誰彼構わず抱き寄せるなんざ気色悪いのでしないが。何も知らない男衆が小さな疑問を胸に浮かべていたら、それほど面白いことは無いな。冗談を雨粒に溶かしつつ歩く。駅はもう目の前だ。

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