世界に喜びを、彼らに祝福を
クリストフは夜に起き出した。未だ重い眉毛を撫でつつミルクを沸かし、菓子の棚から大きなマシュマロが詰められた瓶を手に取る。五つほど出して小皿に盛り、瓶はまた棚に仕舞いこんだ。それから、沸いたミルクを最近お気に入りのマグカップに注いで、違う棚から今度は茶色の粉が入った瓶を手に取った。これまた最近お気に入りのココアだ。甘すぎるだけでは胸が苦しいお年頃、ほんのりと塩が効いた後味爽やかなそれがちょうどいい。ティースプーンで三匙掬いマグに加えた。くるりくるりと溶けていくココアは香り豊かで暖かい。クリストフは満足気に一つ頷き、ティースプーンをシンクの中へ。マグと小皿を持ってテーブルに移動した。席にずっしり座ったその時、ノックの音が部屋に響く。
「クリストフ、起きていますか?」
次いで扉が開き、朗らかな少年が現れた。彼はドゥレンという名で、二年ほど前にここに来た。クリストフは彼のことをよく知っている。例えば彼が魔法の杖が好きなことや、それよりずっと、ママのオレンジケーキが大好きなことも。
「おお、起きているよ。遅かったかい」
「とんでもないです。体調はどうですか?魔力酔いなどしてませんか?」
「今年も快調だな。レッディも息災かな」
レッディはクリストフの頼もしい相棒だ。いつでも元気で聡明で、道は絶対に迷わない。
「よかった。そう、それを伝えようと思ってきたんです。レッディ、待ち焦がれてますよ」
「はっはっは、相変わらずだなあ。分かった、ココアを飲み切ったらすぐに行こう」
助かります、とドゥレンが笑って扉の向こうへ歩くのを見送り、クリストフはテーブルに貼っていたチェックリストをじっくりと見直す。遠い国や裏路地からも願いは毎年届いてくる。それを慣れた手つきで区分けしていく。どんな者でも贈り物は平等に。それがここのモットーだからだ。ここは、この混沌とした世界にそれでもと生まれてきた尊い"いいこ"へ、夢を配り希望を渡すための場所。サンタクロースの家なのだ。
リストの区分けが終わるのとぴったり重ねてココアを飲み終えたクリストフは、ひいらぎの赤で染めた美しく暖かい装束を身に纏い、ドゥレンとレッディが待つ外へ向かう。
「おはようございます、クリストフ」
「ああ、おはようケルシト。今年は去年みたいな騒ぎが出んことを祈るよ」
「本当にすみませんでした……今年こそは」
「はっは、冗談さ。何かあったら言いなさい、どうにかするからね」
少しの間が空いてからの礼を笑みで受けつつ、ぱたぱたと会う同胞に同じように挨拶をして。二重扉を仕掛け通りに開いて外に出た。ここは一年中銀世界だ。クリストフは雪に取られた足がもつれないように、慎重にトナカイたちが準備をしている発着場へ歩みを進めた。
クリストフがレッディの姿を見つける頃には、レッディはドゥレンにブラッシングをされている所だった。最後の仕上げだ。
「やあ、遅くなったなレッディ。ドゥレンもありがとうよ」
「これが僕の仕事ですから。もうブラッシングも終わりますので」
「上手くなったよねえ、ありがとうドゥレン。でもねえクリス、いくら長い付き合いだからって待たせすぎじゃないかなあ?」
少し不満げに顔を背けるレッディにドゥレンは慌ててブラッシングだった右手を撫でる動作に変えたが、クリストフは変わらずはっはと笑った。
「すまんかったよ、この通りだ。機嫌を治しておくれよ、相棒」
ちらりと伺ったレッディの瞳に怒りが無かったのを確認して、クリストフはドゥレンの右手の邪魔にならないようにそっとレッディの頬にしわだらけの手を寄せた。
「んーむ。仕方ないなあ、許してあげるよ」
「おお、ありがとう。今日もよろしく頼むよ」
「こちらこそ。手網離さないでね、クリス」
去年通りの雰囲気に戻ったクリストフとレッディを見てドゥレンは安堵の息を吐いた。それからレッディの毛並みをもう一度整えて、しっぽに愛らしいリボンをそっと結った。
「ケンカになるかと思った。さぁ、終わりましたよレッディ。お加減はいかがです?」
「ははは、ごめんね。完璧だよドゥレン、ありがとう。クリストフも準備はできてるのかい」
「おお。あとは皆が配る分を分けるだけだ」
そう言ってクリストフが手をふっと上げると、どこからともなく大小様々なプレゼント箱が空に浮かぶ。手の先をココアを溶かすように回して、箱をいくつものグループに分けていく。分けきった箱はそれぞれ、担当している者が袋に丁寧に入れている。
自分が配る分は既に袋に入れていたらしい、クリストフは二度ほど深く頷いてから、いっぱいの袋を手にレッディに跨った。
「それでは、行ってくる」
「いってきます。おいしいご飯作っててよね」
「ええ、必ず。お気をつけて」
ドゥレンの言葉に一つ、大きく笑って、クリストフとレッディは空へ駆け上がった。同胞たちが配る場所を間違えないようにきらきらと光る彼らの足跡は、夜空を煌めく星のように鮮やかだ。ドゥレンは彼らを見送りながら、三年前の今日を思い、優しく柔らかく微笑んだ。
「
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