偏食



睡ればそれまで。それまで、


……其れまでは。



ずるりと重い熱に浮かされたように、瞼を少し開けた。お気に入りのネイルと首輪チョーカーだけが薄ぼんやりとしたカラダを飾る。隣に居る気配に声をかける。返事の代わりに、紫煙を吐く音と、唇がひとつ。少し乾燥した苦みが私の口に伝染る。とくり、と飲み込んだ唾液も、慣れて慣れない香りがした。

離れた口付けの後に滑らかに首筋を泳いだ指先は、そのまま顔の方に動いて、柔い粘膜に手を付けた。舌を指で押さえ込まれて、摘まれて、緩く撫でられる。ひとつひとつの動きに、私の吐息は丁寧に跳ねる。欲しい。ただ、この指が、この手が、この腕が、この体が、欲しい。あんまりにかなしい希望が、爪先から脳髄までを駆け巡って満たしていく。奥へ進んできたその甘さに嘔吐く事すら暖かい。煙で燻された唾液が口角から溢れ出して、さっきなぞられた首筋まで滴った。雫を掬おうとする指がまた舌を擽る。苦しくてカラダを捩ろうとしたけれど許されなくて、でもそれが嬉しくて身を任せて。何度も、何度も何度も同じ事をして。欲しいだけ。ただ彼の全てが欲しいだけ。ただそれだけ。それだけなのに、彼はただ、ただ、苦しむ私を、ただ抱くだけ。

あぁ、そんな事なら、どうせなら。せめて何もかも、あなたのモノになれたら、いいのに。柔く苦い香りを喉の奥に抱えたままで考えていた何かは、彼の熱と私の声でかき消された。


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