泡
異常に響く耳鳴りが寝ぼけ眼を劈いた。目覚めてみれば世界は何とも変わらないもので、一昨日騒動を起こした芸能人をニュースが取り上げていたりする。くだらないなぁとは思いながら、うん、と伸びを一つ。たかが賃貸住宅の狭い寒い風呂場を、一瞥してしまってからキッチンへ向かった。
休みは取ってある。今朝はのんびりしようと決めていた。卵二つを汁椀に割り入れて、箸で撹拌してからフライパンに油を引く。三割引のベーコンを並べて焼いて。それから、食パンを二枚トースターに突っ込む。一枚にしなかったことを後悔した。飽きないように味を変えるほどの調味料はここには無い。あいつなら上手くやっただろうが、俺の料理は下の上だ。
……何が、駄目だっただろうか。女遊びもしない、泥酔して殴ったこともない、欲しいとせがんだ物には金に糸目を付けたこともない。それなりに、幸せだったはずだ。少なくとも俺は幸せだった。あいつもそうだと、無条件に信じていた。それが駄目だったのだと、言われたのならそれは、否定できないが。
いつも通り。焦がしたパンの上にパサついた玉子とぬるくなったベーコンを乗せて。勝手に冷蔵庫に入れられたビールとジンジャーエールを、常温のコップに弾かせながら入れた。小言を言う奴が居なくなると、案外せいせいするものだ。こんなことを言ったら、また拗ねるだろうか。あんたがしっかりしてないからだなどと怒るだろうか。不味そうにできあがった朝食を見ながら一口飲み込んだ。
冷やした方が美味しいから、と。見た目に反して俺より飲兵衛なあいつは、俺が出しっぱなしにしていた酒たちを極寒に詰め込んで笑っていた。俺より神経質なあいつは、コップがぬるいと美味さが半減すると言って。必ず、コップも冷蔵庫で冷やしてから、氷を三つ入れた。俺にはその行動が理解できなかったが、あいつが作ったシャンディガフは俺が作るよりずっと美味かった。
これからは不味いものしか食えなくなるな。そう独りごちて笑う。自業自得だ、何もできなかった、無力な存在には。まるで意味のない。ざくりと口の粘膜を傷つけるパンの欠片を濡らしながら目を瞑った。
愚かな人間だ。何も言わずにどこかにいってしまったあいつも。手首を切るまで溜め込んでいたあいつに、気が付けなかった、俺も。
からん、と音が鳴った気がして目を開けた。空耳だった。
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