旅路につき
響き渡った鐘の音が、私の目を覚ます。
「…おはよう、マイオ」
親愛なる主の呼び掛けで、私は動き出す。
「──…おはようございます、Κύριέ μου。現在時刻は午前6時30分、気温は11度。天候は晴れの模様です」
「ありがとう。やっぱり朝は少し冷えるね、今日は上着が入用になりそうだ。マイオ、カスフを頼めるかな?」
カスフ、黒い飲料。苦みが強い豆を挽いたものから湯で抽出する液体。Κύριέ μου、イロア・フィーシはこの液体を好んで飲む。
「かしこまりました。ガーラ105ccでよろしいですか」
ガーラ、ブランドミルク。少しとろみと甘みのある白の液体。イロアはこだわりが強い、カスフに入れるのはこれ以外を認めない。
「あぁ、任せるよ。僕がどうこう言うより、君が勝手に淹れた方が美味しいからね」
シュガーも忘れないでね、と軽く後ろ手を振るイロアは苦いものを嫌う。なぜあらゆる手段を用いて彼女がカスフを飲むのかは私には理解が及ばないが、彼女が喜ぶ顔は私の幸福値を大きく上昇させる。それは確かな事実である。
彼女に言われた通り、彼女の味覚に合うようカスフとガーラ、シュガーをマグに入れ、軽く攪拌。完成した飲料をイロアのもとに運ぶと、彼女は何やら新聞を熱心に読んでいるらしい、背が前のめりに曲がっている。
「その姿勢を続けると骨が曲がります、Κύριέ μου」
「ん"む、…そう脅さないでおくれよ。それは長年気を付けずに続けていたらの話だろう?」
「今貴女は姿勢に気を付けていましたか?」
口を噤む。気をつけていなかったようで。少し呆れた目を向けると、彼女は慌てて話題を逸らす。
「そ、そんなことより!これ、気にならないかい?」
促されて見ると、彼女が私に見せたのは事件の一面だった。
*
咄嗟の判断にしては、上手く躱せたと思う。
『ーΤα αυτόματα κατέστρεψαν μια χώρα』
"オートマタが一国を滅ぼした"。でかでかと貼り付けられた見出しは新聞の表紙を飾っている。
作成者と思しき人物は近くにいなかったと言い、オートマタの動力源、材質、素性、単騎のみで動作できた理由や国を滅ぼせるほどの武力を持っていた理由、その全てを作り上げたと思われる者を現在調査中らしい。
マイオはあくまで僕が創り出したアンドロイドでありオートマタとは似て非なるものだが、機械的で寿命が半永久的という共通点はある。彼女も何か拾い上げることがあるかと思い記事を見せた、それは一つ本心である。
「……オートマタ、ですか」
「そう、'感情を持たない機械人形'が国を滅ぼしたんだって。近くに誰もいなかったらしいし、なんか後ろにありそうじゃない?」
軽く語りかけたつもりでマイオの方を見ると、予想と反して彼女は不機嫌そうに眉を顰めていた。
「機械人形は感情を持たないわけではありません。ただ、表に出すまでに長い時間がかかるだけです。……それこそ、作成者がいなくとも動けるような者なら、」
独り言ちた言葉を不自然に途切らせて置いて、マイオはまた、はたと黙りこくってしまった。
「…あれ、マイオ?」
不思議に思って顔を覗いた、彼女はそれに反応せず伸びた背筋のまま、ただその記事を読み耽っている。
「ま、マイオさーん。どうしたのー」
声が帰ってこないのが少し寂しくて問いかけた3度目、ふっと顔を上げて読んでいた新聞を僕に渡し、いつもの無表情で応えた。
「行ってみなければ分かりませんし考察もできません。現場に向かいましょう、Κύριέ μου」
反応を見るに、はてさて。彼女にとってこの記事は、興味を持つに値するものだったようだ。
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