エリカ、例えば僕は



 父が死んだ。過労死だった。やっとか、と僕は思った。最低な人間だった。血を引いた僕は父に似ていた。仮にも父であるその人を最低と言い切り、その死を安堵という感情で受け止める程度には。

 母は居なかった。僕を産んだ後、僕を連れて逃げようとしたらしい。幼い頃は父の嘘を信じ込んでいた。母は父に殺されたと、知ったのは中学二年の時だった。感傷はいつかのどこかに置いてきてしまった。

 学校も安心できる所ではなかった。ただ花が好きなだけで、弱いと笑われた。悔しかった。対抗する手段なんて分からなかった。ひたすら笑われ続けるしかなかった。

 ようやっと大人になって仕事を選んだ。半年で父が死ぬとは思っていなかった。それほどにしぶとい人だった。通夜には人がたくさん来ていた。きっと外では自分のことを、隠しながら世を渡っていたんだろう。最低な人間だった。

 眠い。膨らみすぎた思い出巡りが怠惰として僕に降り掛かる。眠い。けれど、やらなければいけない。あの子に水を。ぐらつきながら立ち上がった。

 エリカ。あの場所で君を選んで、もう何年が経つだろう。どんなに苦しくても君だけは僕を癒してくれた。あの日から今まで、君を選んだことを後悔した時は一秒たりともない。僕には君しかなかったんだ。

 エリカ、例えば僕は今ここで、はたと死んでしまっても構わない。君のためだけに生きた、今までの今日を僕はとても誇りに思っている。君を置いていくのは少し寂しいけれど、きっと君は僕が居なくても誰かを癒すのだろう。

 それでいい。


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