第39話 七魔族

「ティオ様、モンスターの死体が……」


 大樹海を歩くこと少し、アイリスがティオを呼ぶ。

 彼女の視線の先には、いくつかのモンスターの死体が散らばっていた。


「ええ、恐らく先にここへ来たアイラたちが倒したものでしょう」


 モンスターの傷口を見て、ティオはそう判断する。

 もともといたパーティの仲間たち、その攻撃によってできた傷を見間違うはずもない。


 アイラたち勇者パーティに追いつくべく、ティオたちは先へと進んでいく。


 ◆


「散りなさい……《ファイアボルト》!」


「いっけー! 〝テンペストキメラ〟!」


 モンスターの群れに対し、ラティナスが炎と雷の混合魔法スキルを放ち。

 エイルが呼び出した使い魔、テンペストキメラを突撃させる。


 強力な攻撃に、ジャイアントエイプを始めとしたモンスターたちが次々に駆逐されていく。


「うぅ〜、なんて数のモンスターなの!?」


「魔力の消耗が激しいですね、しかしポーションを使いすぎるわけには……」


 目に入る範囲の敵を殲滅したところで、エイルとラティナスが言葉を漏らす。

 そして責めるような表情で、アイラとルシウスの方を見る。


「……ッ」


 二人の表情を見て、思わず息を漏らし俯くアイラ。


 ラティナスとエイルの言わんとしていることはわかっている。

 ティオが……パーティの守り手である騎士、ティオが抜けたことにより、二人の負担が大きくなっていることを――


 確かに、ルシウスの言っていた通り、ティオはこのパーティの中では弱かったかもしれないし、傷を負うこともよくあった。


 しかし、彼が盾となり囮となることで、パーティはその力を遺憾なく発揮していた。その事実が、今回のこのクエストによって浮き彫りになってきたのだ。


(ティオ……)


 心の中で、幼なじみの少年の名を呼ぶアイラ。


 そんなアイラに対し、ルシウスはどこ吹く風といった様子で、ラティナスとエイルの視線にそっぽを向いてみせる。


「むっか!」


「さすがにイライラしてきたわ……」


 ルシウスの態度に対し、そんな言葉を漏らすエイルとラティナス。

 パーティのムードは前にも増して険悪になっていく。


 そんな時であった――


『ふん……っ、何やら騒がしいと思えば人間か……』


 ――アイラたちの耳にそんな声が聞こえてきた。


 咄嗟に声のした方を見るアイラたち。


 そこには一人の男が立っていた。

 二メートルはある長身に赤銅の肌、緑の長髪――魔族だ。


「魔族……! やはり潜んでたわね」


 魔族の男を睨みつけ、腰から美しい長剣を抜くアイラ。


 ラティナスが魔導書を、ルシウスが杖を構え、エイルがテンペストキマイラに戦闘態勢を取らせる。


『その神聖属性の波動……貴様、勇者か?』


 アイラを見据え、そんな風に問いかけてくる魔族。


 そんな魔族にアイラは「ええ、その通りよ、諦めて私たちに討伐されなさい?」と挑発染みた返答をする。


 しかし、そんな言葉を発しながらも、アイラは一つの疑問を覚える。


(この魔族、私が勇者とわかっていながら、なぜ逃げないの……?)


 ……と――


『面白い……〝七魔族〟が一柱であるこの〝ヴァサーゴ〟の相手に不足はない、楽しませてもらおうか……ッ!』


 おぞましいほどの笑みを浮かべながら、高らかに声を上げる魔族。


 その言葉を聞き、アイラたちが「「「……ッッ!?」」」と息を漏らす。


 七魔族――それは魔王にその力の一部を分け与えられたという、魔族の中でも特に強力な力を持っていると噂される者たちの総称だ。


 その力は、過去に封印された三獣魔にも匹敵すると言われている。


『来い! 召喚獣〝サイクロプス〟ッ!』


 魔族――否、七魔族ヴァサーゴが叫ぶ。


 すると目の前の空間の中から、三メートルを超えるであろう、一つ目の巨人が現れたではないか。


「召喚獣!?」


「アイラ様、相手は本物の七魔族です!」


 驚愕の声を漏らすエイルに、警戒の声を上げるラティナス。


 召喚獣――アイラたちはその存在を噂で聞いたことがある。

 七魔族だけが操れる特殊な存在であり、その力はトロールやレッサードラゴンを凌駕すると――


「《ホーリーランス》……ッ!」


「《ファイアボルト》ッッ!」


 先手必勝!


 ルシウスとラティナスが、それぞれ魔法スキルを放つ。

 白く輝く魔力の槍と、雷炎魔法がサイクロプスに襲いかかる。


『《ディメンションウォール》……』


 妖しい笑みを浮かべながら、ヴァサーゴがその名を口にする。


 するとどうだろうか。


 サイクロプスの目の前の空間が歪み、その中にルシウスとラティナスの攻撃が吸い込まれてしまったではないか。


「時空魔法スキル!?」


「ティオの情報は本当だったようね……」


 驚愕の声を上げるエイル。

 そしてティオの言葉を思い出すラティナス。


 どうやら、このヴァサーゴこそが、リリスとフェリスを迷宮都市の迷宮の中へと転移させた魔族のようだ。


「七魔族、お前の目的は何……?」


 瞳を細めながら、ヴァサーゴに問いかけるアイラ。


 そんな彼女に対してヴァサーゴは――


『……まぁいい、答えてやろう。私の目的はこの樹海の地脈だ。この膨大な地脈の力を使い、三獣魔様を蘇らせるのだ』


 ――そんな風に答える。


(地脈を使って三獣魔を……。なるほど、そういうことね……)


 ヴァサーゴの言葉を聞き、それを理解するアイラ。


 この樹海の地脈は周辺の地域を豊かにするほどのエネルギーに溢れている。

 その膨大な力を使うことで、三獣魔を復活させる手段を、ヴァサーゴは持っているのだろう。


 だからこそ邪魔な妖精だけを排し、モンスターで満たすことで、この樹海を自分の手に納めようしたのだ。


「《セイクリッドギフト》――ッ!」


 アイラが叫ぶ。

 パーティメンバーの皆に、神聖属性の加護を付与する。


 相手は時空魔法スキルを操る魔族だ。

 戦いの中で、仲間が転移させられないとも限らない。

 それを防ぐために、耐性効果を与えるバフスキルを発動したのだ。


「輝きなさい! 《アロンダイト》ッッ!」


 剣を構え、声を上げるアイラ。

 すると剣身が眩いばかりの輝きを纏ったではないか。


 神聖剣 《アロンダイト》――


 勇者のクラスに目覚めた者のみが扱える〝アーティファクト〟と呼ばれる特殊な武具の一つだ。どんな敵にも弱点となる神聖属性を、その剣身に纏わせることができる。


「ハァァァ――ッッ!」


 凄まじいスピードでヴァサーゴへと迫るアイラ。


 そして《アロンダイト》を振りかぶる――のだが……


『《ディメンションスリップ》……!』


 ……右腕を突き出し、叫ぶヴァサーゴ。


 するとアイラの視界の前に、ラティナスが現れたではないか。


「く……ッ!?」


 慌てて攻撃の手を止めるアイラ。


 間一髪のところで、ラティナスに攻撃してしまうという事態を避けることに成功する。


『ふむ、本来なら全く別の場所に転移させることができるのだが……さすがは勇者といったところか』


 面白そうに笑みを浮かべるヴァサーゴ。


 どうやら、今のスキルはリリスとフェリスを転移させたもののようだ。

 加護のスキルを発動していたおかげで、アイラは目の届く範囲内に転移するだけで済んだと見て間違いないだろう。


『グォォォォォォ――ッッ!』


 サイクロプスが雄叫びを上げる。

 そして拳を振りかぶり、エイルの方へと駆けてくる。


 咄嗟に大きくサイドステップするエイル。


 しかしその刹那であった――


『《ディメンションスリップ》……!』


 ――再びヴァサーゴがスキルを発動する。


「がッッ……は……ッ!?」


 そんな声とともに、アイラが血を吐き出した。

 サイクロプスの巨大な拳、それが彼女の腹にめり込んでいたのだ。


 そのまま勢いで後方へと飛ばされるアイラ。

 地面に激しく叩きつけられ、さらに口から血を吐き出す。


 どうやら一回目の発動で、ヴァサーゴは感覚を掴んだようだ。

 エイルを攻撃すると見せかけ、その目の前にアイラを短距離転移させたのだ。


「ぐっ……う……ッ!」


 意識を朦朧とさせながらも、なんとか立ち上がろうとするアイラ。

 その間にも、ルシウスを始めとした仲間たちが、次々に攻撃に曝されていく。


「助けて……ティ、オ……」


 絶望に意識が支配される中、アイラは幼なじみである少年の名を口にする――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る