第38話 ルミルスの大樹海

 翌朝――


(さて、準備をしよう……)


 皆を起こさぬように、身支度を始めるティオ。


 早朝に起きてから小一時間、彼は昨日の件で悩んでいた。

 悩んだ結果、今回だけアイラたちの後を追って、様子を見に行くことを決めたのだ。


 身支度を整え、最後に杖を持つ。そして部屋のドアを開けようとした、その時だった――


「ティオ様……」


 そんな声が、彼の後ろからする。

 振り返れば、アイリスが静かにティオを見つめていた。


「まったく、マスターったら……やっぱり昔の仲間のことが気になるのね、本当に優しんだから……」


 少し呆れたような表情を浮かべ、ベルゼビュートまでそんなことを言ってくる。


 どうやら、ティオが一人でルミルスの大樹海に向かうだろうと、二人とも予想していたようだ。


「二人とも、黙って行こうとしてごめん。どうしても気になって……」


 こうなった以上、ティオは素直に二人に謝る。


 そんなにティオに、アイリスとベルゼビュートは――


「それでは、わたしたちも支度をしましょう」


「そうね、妖精さんたち、起きなさい?」


 ――そう言って、自分たちも準備を始めようとする。


「ふ、二人とも、今の樹海は危険な状態にあるんだ、行くのはぼく一人で――」


「ダメですよ、ティオ様? わたしたちはパーティです。一緒に行きます」


「その通りよ、マスター。それに、起きた時にマスターがいなかったら、リリスとフェリスはどう思うかしら?」


 二人で捲し立ててくるアイリスとベルゼビュート。

 そんな二人にティオは「う……っ」と気圧されてしまう。


 結局、準備を終えて、皆で樹海の中へと向かうことになるのだった――


 ◆


 ベヒーモスを飛ばすこと数分――


「見えてきた、あれがルミルスの大樹海だわ」


 ティオの後ろで、先を指差すベルゼビュート。


「わ〜! やっと戻れるのね!」


「ここまで長かったのです〜!」


 サイドカーの中で、アイリスに抱かれたリリスとフェリスが、歓喜の声を上げる。


(樹海の中での問題が解決すれば、二人ともお別れか……)


 リリスとフェリスを横目に見ながら、ティオはそんなことを思うのだった。


「それじゃあベヒーモス、また何かあったら呼ぶよ」


【了解だ、マスター。次の出番を楽しみにしているぞ】


 そんなやり取りを交わすと、ベヒーモスは次元の狭間へと戻っていく。

 樹海の中は道が険しく、ベヒーモスでの走行は難しいと判断したからだ。


 しかし、樹海の中での異変――それ次第では再び彼を呼び出し、新たに手に入れた力を使い、ともに戦う必要があるだろう。


 樹海の中へと足を踏み入れるティオたち。


 リリスとフェリスが「「うわぁ〜!」」と瞳を輝かせる。


 故郷へと戻ってこれた……。


 その事実がたまらなく嬉しいといったところだろう。


「二人とも、まだ喜ぶのは早いわよ?」


「そうです、今の樹海は危険だという情報もありますし、二人の言っていた魔族がいるかもしれません」


 注意を促すベルゼビュートとアイリス。

 そんな二人の言葉に、リリスとフェリスは表情を引き締める。


「ベル、今のうちに強化魔法を頼む」


「了解よ、マスター」


 ティオに言われ、ベルゼビュートがパーティメンバー全員に《ベルゼギフト》と《ベルゼプロテクション》を付与する。


「ティオ様、わたしに例のスキルを使っていただけますか?」


「了解しました、アイリスさん。……《ブラッククレスト》!」


 アイリスに手を翳し、ティオが先日手に入れた新たなE Xスキルを発動する。


 漆黒のオーラのようなものに包まれるアイリス。

 その下腹部に、歪なハートを模したような漆黒の紋様が現れたではないか。


「ん……っ」


 艶っぽい声を漏らすアイリス。

 体の底から、熱いエネルギーのようなものが湧き上がってくるのを感じたのだ。


 頬を僅かにピンクに染めながら、二本の刀を抜刀する。

 するとその刀身が、漆黒色に染まっていくではないか。


 ティオの新たに手に入れたE Xスキル……《ブラッククレスト》――


 それは対象に闇属性の力を分け与える効果を持つスキルだったのだ。


『『キキィッ!』』


 ティオがスキルをアイリスに付与させたタイミングで、樹海の奥からそんな声が響き渡る。


 奥から、二体の大猿型のモンスター……〝ジャイアントエイプ〟が二体現れたではないか。


「ちょうどいいです。ティオ様に授かったこの力で、まずはウォーミングアップといきましょう!」


 少し興奮した様子で、アイリスが長刀と短刀を構える。


 アイリスやベルゼビュートの姿を見て、ジャイアントエイプが『『キキィィィィィィッッ!』』と興奮した声を上げる。


 ジャイアントエイプは獰猛なモンスターだ。

 人間を痛めつけることに快楽を覚え、美しい乙女を犯し、いたぶることで知られている。


 ランクはCランク、ただの樹海の入り口でこのランク帯のモンスターが出てきたと言うことは、やはりこの場所で何らかの異変が起きているのだろう。


「いきます……ッ!」


 短く叫び、アイリスが飛び出した。

 アイリス目掛け、ジャイアントエイプも飛びかかってくる。


 舞うような体捌きで、ジャイアントエイプの拳を紙一重で回避するアイリス。


 すれ違い様に、敵二体の腹に刀による斬撃を見舞う――!


『ギギィィッ!?』


『ギ……ガ……ッ!?』


 苦悶するかのような声を漏らすジャイアントエイプ。

 やがてその瞳から生命の光が失われ、その場に崩れ落ちた。


 本来なら必殺の一撃ではなかった。

 しかし、ティオによって付与された闇属性の力が、敵の生命力を根こそぎ奪ったのだ。


「さすがです、アイリスさん」


「ティオ様のおかげですっ♡」


 ジャイアントエイプを一撃で倒したことに、ティオが称賛の言葉を送ると、アイリスは甘い声で応えてみせる。

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