第36話 訪れる二人

「アイラ、みんな……」


 かつてのパーティメンバーたちの顔を見て、ティオの表情が少しだけツラそうなものに変わる。


 彼の側に控えていたアイリスは、アイラたちを鋭い視線で見据えている。


「ティオ、どうしてあなたがここに? それにその冒険者タグは……」


 アイリスの視線を無視して、アイラが切り出す。その瞳にはティオの胸元――冒険者タグに映し出されている。


「……少し、この都市に用があってね。見ての通り、ぼくは冒険者になったんだ。そして少し前にAランクになった」


 アイラの質問に、静かに答えるティオ。

 その答えを聞き、アイラは思わず目を見開く。


「ティオ、どういうことだ? 騎士クラスのお前風情がAランク冒険者だと……?」


 アイラの後ろに控えていたルシウスが、怪訝な表情で問いかけてくる。


「ルシウス、ぼくはパーティを追放されたあと、黒魔術士にクラスチェンジした。強くなれたのはそのおかげだよ」


「黒魔術士だと? 冗談はよせ。黒魔術士のような底辺職がAランクになど――」


 ティオに茶化されたと思い、ルシウスが食ってかかろうとするが、それを制して二人の少女が前に出てくる。


 ラティナスとエイルの二人だ。


「ティオ、どうして私たちに何も言わずにパーティを抜けたのですか?」


「そうだよ〜! あとで話を聞いてビックリしたんだよ!?」


「ラティナス、エイル……ごめん。でもぼくは足手まといだったから、ああするのが一番だと思ったんだ」


 二人の言葉に、申し訳なさそうに謝罪するティオ。


 自分が勇者パーティで足手まといだった……。

 その事実を改めて思い出すことによって、その表情はどんどん優れないものに変わっていく。


 そんなティオの表情を見て、アイラの表情も複雑そうなものへと変わっていく。


「ティオ様、行きましょう」


「そうね、マスターを追放した者たちと、これ以上関わる必要はないわ」


 ティオを庇うように彼の横に立ち、アイリスとベルゼビュートが彼の手を引いて歩き出す。

 リリスとフェリスは、うまく状況が飲み込めないようでアタフタしているが、そのままあとをついていく。


「あっ……」


 去っていくティオを見て、アイラが小さく声を漏らす……が、ティオの耳には届かなかった――


(そういえば……ティオ、アイツはなぜ妖精なんかを連れていた……?)


 ルシウスは、心の中でそんな疑問を覚える。


「エイル」


「うん、このままじゃいけないよね、ラティナス」


 そんな中、ラティナスとエイルは、静かにそんなやり取りを交わすのだった。


 ◆


「ティオ様、大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫ですよ、アイリスさん。でも少し疲れたので、ちょっとだけ眠るとします」


 アイラたちと別れ、確保した宿のベッドに横になるティオ。

 長旅の疲れもあるが、先ほどのやり取りで神経をすり減らしてしまったのだろう。


 いつもならティオの横で眠ろうとアイリスとベルゼビュートが争奪戦を繰り広げるところであるが、二人とも今日はそんなことはしない。


 リリスとフェリスも、何となくティオが落ち込んでいるのを感じ取ったのだろう。

 心配そうな表情で、隣のベッドに腰掛けると、早々に眠りに落ちたティオのことを見守っている。


「ベル、ティオ様のことを見ててもらっていいですか?」


「あら、どこに行くの、アイリス?」


「ちょっと宿の裏庭で刀の素振りをしてきます」


「そう……わかったわ」


 アイラたちと再会することで、ティオの心が乱された――


 そのことがアイリスは腹立たしいのだろう。そしてそのイラつきを抑えるために、体を動かすことにしたようだ。


 アイリスの気持ちを察したベルゼビュートは、小さく頷いて彼女を見送るのだった。


 ◆


「ふんッ! ハ……ッ!」


 宿の裏庭で、二本の刀を振るうアイリス。

 その表情は険しく、まるでティオに出会う前――孤高の剣姫に戻ってしまったかのようだ。


 自分たちとの旅で、自信を取り戻し、毎日楽しく笑っていたティオ。

 それがかつての仲間たちの登場によって壊された……。


 アイリスはそんな気持ちになってしまったのだ。


 そしてそんな彼女が振るう刀の剣筋、それは素振りなどと言えるような生ぬるいものではない。

 まるで、目の前の敵を斬り倒すような、的確な攻撃の型を放っている。


 そして、アイリスが何度か幾度も攻撃の型を放ち始めて、少し経ったころだった――


「あの〜」


「すみません、少しいいでしょうか?」


 少し離れたところから、そんな少女の声が聞こえた。


「あなたたちは先ほどの……」


 声のした方を見て、アイリスが剣呑とした声を漏らす。

 現れたのは勇者パーティのうちの二人……ラティナスとエイルだった。


「ティオ様を追放した人たちが、今さら何か用でしょうか……?」


 冷たい表情と声で問いかけるアイリス。


 そんな彼女に、ラティナスが――


「それについては一部誤解があります。ティオを交えて、少し話をできないでしょうか……?」


 ――と、冷静な口調で問いかける。


「誤解……? そういえば、さっきあなたたちは、ティオ様が何も言わずにいなくなったと言ってましたっけ……?」


「そう! その通りなの! その辺を踏まえてティオくんと話がしたいんだよ〜!」


 アイリスの言葉に、今度はエイルが応える。


 真剣な二人の様子に、アイリスは口に手を当て、逡巡する――。

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