第8話 剣姫とディナーデート

「ぷはぁ! ア、アイリスさん、落ち着いて……!」


 なんとかアイリスの胸から抜け出したティオ。

 いきなり顔面に胸を押しつけられたものだから、その表情は恥ずかしげで、頬はピンクに染まっている。


「ああ……その表情、とっても可愛いです、ティオ様……♡」


 ティオの表情を見て、アイリスが蕩けたような甘い声を漏らす。

 すると、今度は優しくティオを抱きしめ、まるで慈しむように彼の頭を撫で始めたではないか。


「ふぁ……っ」


 柔らかな抱擁、優しい手つきでのなでなで、そしてアイリスから漂ってくる、なんとも言えない甘い匂いに、ティオは安心した声を漏らしてしまう。


「…………っっ♡」


 ティオのあまりに愛らしい声と表情に、アイリスは声にならない声を漏らす。


 ◆


「お、お恥ずかしい……」


「ふふっ……わたしは甘えていただけて嬉しかったですよ? ティオ様の表情、とっても可愛かったです……」


 都市の表通りを歩きながら、ティオとアイリスがそんなやり取りを交わす。


 アイリスの母性溢れる抱擁と、なでなでテクニックのせいで、すっかり彼女に甘やかされるがままになってしまった……。

 今になって、ティオはそれが恥ずかしくなってきてしまったのだ。


 対し、アイリスが夢心地な表情を浮かべている。

 偶然とはいえ、自分のスキンシップが拒まれるどころか、甘えてもらえたのがよっぽど嬉しかったようだ。


 二人を道ゆく人々が見つめている。


 少女と見紛うような愛らしい少年と、年上の絶世美少女エルフ……。

 そんな二人が何やらいい雰囲気で手を繋いで歩いていれば、視線も集まって当然であろう。


 アイリスとしては腕を組んで密着して歩きたいところなのだが……。

 ティオが恥ずかしいから勘弁してくれと言うので、今のところは我慢している。


「あ、ここです、ティオ様」


「これはまた、お洒落なお店ですね」


 とある店舗の前で立ち止まる二人。

 そこは外にも席が用意してある、小洒落た雰囲気のレストランだった。


 時刻は夕刻――

 夕食を済ませるついでに、せっかくパーティを組んだのだから、軽く祝杯でもしようということになったのだ。


「いらっしゃいませ。お二人でよろしかったでしょうか?」


 給仕服の娘が、さっそく二人を出迎える。


 早めに来たにも関わらず、席はほとんど埋まっているようだ。

 空いているのは外の席だけだったので、二人はそこに通される。


 外は外で、なかなかいい。

 テーブルの上の蝋燭、そして外に吊るされたランタンのオレンジの灯りが、幻想的な雰囲気を醸し出す。


 そんな灯りに、アイリスのシルバーブロンド、そしてアイスブルーの瞳が照らされ、彼女をより美しく演出する。


「……? ティオ様、何かわたしの顔についてますか?」


「あ、す、すみません! あまりに綺麗だったのでつい……」


「き、綺麗だなんて! 恥ずかしいです……」


 突然容姿を褒められたことで、アイリスは恥ずかしげに俯いてしまう。

 ティオにはガンガン来るわりに、彼女自身が褒められたりすることに、あまり耐性がないようだ。


 二人が落ち着いたタイミングを見計らって、別の給仕の娘が注文を取りに来る。


 注文を取りながら、二人のことを交互に視線で確認している。

 娘は真面目そうな表情をしているが、よく見れば口もとが緩んで見える。


 きっと彼女の心の中はこうであろう。


 ――すごい! おねショタだぁ!


 ……とまぁ、給仕の娘の心の中はさておき。


 少しするとティオとアイリスの前に飲み物が運ばれてくる。

 飲み物はこの都市の名産品である白葡萄を使った、葡萄酒だ。


 普段、ティオはあまり酒を飲まないが、せっかくのパーティ結成を祝う席なので、少しだけ飲もうというわけである。


 この国には飲酒年齢に関する法律はないので、問題なしである。


「それじゃあ」


「パーティ結成を祝しまして……」


「「乾杯っ!」」


 軽くグラスをぶつけ合うティオとアイリス。


 なるほど、確かに名産品というだけあり、いい香りをしている。

 味も飲みやすく、普段酒を飲まないティオでもグイグイいけてしまいそうだ。


「ところで……ティオ様、聞いてもいいですか?」


「何でしょう、アイリスさん?」


「ティオ様がわたしを救ってくださった時に使った力、あれはいったい何なのでしょう?」


 やはり、その辺のことが気になっていたようだ。


 黒い魔槍を呼び出すスキルなど、見たことも聞いたこともない。

 しかもそれでAランクモンスターである、レッサードラゴンを一撃で倒してしまったのだから、気になるのは当然である。


「あれは黒魔術士だけが持つ、特別なスキルです。特殊な方法を用いれば、黒魔術士は強くなれます。まぁ、その方法を発見できたのは、勇者パーティを追放された後だったのですが……」


「なるほど。だから追放後に、騎士から黒魔術士にクラスチェンジしたわけですね」


 納得……といった様子で大きく頷くアイリス。


 そしてそのまま言葉を続ける。


「ティオ様、その特殊な方法というのは、ティオ様以外に知っている人はいますか?」


「いえ、恐らくぼくだけだと思います」


「では、他の人には絶対に口外しないでください。あのような力が特殊な方法を使うだけで手に入るなどと広まれば、悪用する輩も出てくるでしょうから」


「もちろんです。その辺は心得ています」


 アイリスに答えるティオ。


 もっとも、黒魔術士のクラスに目覚める可能性は、確率的に極めて低い。


 何より《ブラックドレイン》を魔力を全回復した状態で666回使うという条件だが……。


 これは一度でも魔力が回復していない状態で使ったりすれば、条件を達成できなくなってしまうので、そもそも世にいる黒魔術士がEXスキルを手に入れられることはかなり難しい。


「あ、料理が来ましたね」


 会話を進めるうちに、料理が運ばれてきた。

 スープにサラダ、それに肉料理……どれも綺麗に盛り付けられている。


 堅苦しい話はここまでとし、二人は美味しい料理に舌鼓をうちながら、楽しい時を過ごす――。

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