「暫暫破!」


 暫のオルテスの声に魔剣の柄に仕込まれた水晶が応え、店内を覆う結界を消滅させた。


 紅百合亭の地下には魔力炉が設置してある。少々の──いや、魔導師が放つ滅砕系の術でも破られぬ結界が消滅してしまった。


 だが、ルインに動揺はない。隙もない。術に完璧はないと知るから次策はちゃんと用意してある。すぐに次の結界が発動した。


 暫のオルテスも闇の者として一族を率いてきた。結界が発動するまでの時間差があることを経験で知っていた。


「暫波!」


 水晶から滅砕波が放たれ、発動する結界を消滅させてしまった。


 なにかあると読んでいたルインではあるが、手下の中にいた妖術師の妨害で対処することができなかった。


 発動前に寄る結界消滅でさらに時間差が生まれる。


 さすがというべきか、当然というべきか、二の角は腐っても優秀である。結界が消滅すると同時にルイン──一式に抱きついた瞬間、大爆発を起こした。


 その威力からして核石弾。それも火のターチが仕込んであったものより強力であった。


 対核石弾用に飛空船の装甲にも使われる魔鋼化させた防御板を壁の間に仕込んであるが、結界を消滅されたことにより強度は半分以下に落ちたため、店内は高温高圧高魔力に満たされた。


 それでもルインに隙はない。最悪の状態に備えてある。


 万が一の場合を考え、力を逃がすために窓一つを敢えて弱くし、逃げ口を作り、一式には"吸収"の魔法陣を仕込ませてある。


 一式はルインが初めて作った式人であり、ジャン・クーが持つ魔鋼機まこうき──魔法鋼鉄機人に勝つために作ったものである。


 とはいえ、核石弾二つ分はさすがに吸収能力を超えていた。


 ルインの思念波が遮断され、自己防衛機能が働き、体内結界が発動。吸収しきれない力を結界内に注ぎ込んだ。


 停止した人形に賊たちは戸惑いながらも状況判断は本能になるまで鍛えてある。死ぬと決めた直後であろうと生まれた好機は無駄にはしなかった。


 残りの賊たちが一斉に一式へと襲いかかり、手足を切断──すると同時に破られた窓から逃げ出した。


 外に出ると、三人の見張り役が公女たちに倒され捕縛され、自分たちの前に立ちはだかった。


「大人しく降服しろ! もはや逃れられんぞ!」


「そうしなさい。ここから逃れても警備隊からは逃れませんよ」


 アスファルやマーベラスの勧告に首領は剣で応えた。


 その戦いは五対五。数的には同じでも公女とアルアの腕はお世辞にも一人前とはいえない。ニックスも銃の腕は高くても接近戦には向かない。実質、五対二の戦いであり、分の悪い戦いであった。


 前面で戦うアスファルとマーベラスが徐々に押され、攻撃が防御に変わり、そして、公女を守る戦いになってしまった。


「ニックス! アルア! 姫様を連れて下がれ!」


 アスファルがそう叫ぶが、本人もそれがどれだけ難しいかは理解していた。


 だが、ここで主を失うわけにはいかない。絶対に死なせるわけにはいなかいのだ。


 この小さな主は立派だ。主として申し分ない器を持っている。今まで見てきたどんな高貴な人とはまるで違うし、まったく当てはまらない。この方は未来を、歴史を変える運命を持った人だ。ぞれが自分勝手の妄想といわれるかもしれない。だが、自分はそう確信したのだ。


 ……なにより、ここで主を失ったらあの男にどんな顔で会えば良いというのだ……!


 あの男は自分たちを素晴らしいといった。この力を認めてくれた。この心が主と同じといってくれた。そしてなにより、これは自分で選んだ自分の道なのだ。貫かなくてどうするというのだ。


「ここはわたしが切り開く。いけぇっ!」


 魔力を全開にして賊へと突っ込んだ。


 そんなアスファルの決死に暫のオルテスらは怯まない。脅威とは思わない。こういう決死は日常茶飯事だ。対処も幾万通り確立されている。先程の恐怖を洗い流すのにちょうど良いと、相手することにした。


 突っ込んでくるアスファルを軽く受け流し、魔力を消費しすぎた魔剣からマグナの剣へと代えて斬り殺す──はずであった。


 降り下ろしたはずなのに、その剣が手になかった。いや、柄はある。握りもある。だが、刃の部分がなくなっていたのだ。


 ──プシュッ。


 そんな音がその場にいた者の耳に届いた。戦いを忘れて辺りを見回すが、なにも変化はない。その原因になるものも見て取れない。


 と、上空で光が爆発し、辺りを昼間のように明るくした。


 ──プシュッ。


 また謎の音が耳に届いた。今度は続けざまに起こる。たがやはり、なにも起こらなければその原因も見て取れない。


 双方、戦いを忘れて辺りに目を走らせた。


 首領は魔剣に切り替え、注意深く辺りに目を走らせるが、やはり怪音は鳴り止まない。


「──ッ!」


 と、首領の頬をなにかが掠めたあと、後ろで怪音が起こった。


 恐る恐る後ろを振り返ると、地面に小さな穴が開いているのに気がついた。


 ……な、なんだ、この穴は……?


 茫然とその穴を見詰めていると、その視界の隅に奇妙なものが映った。


 いや、奇妙なものではない。あの男の首が──いや、あの男が操っていた人形の首が視界に入ったのだ。


 それだけなら気にならないし、あっても不思議ではない。だが、妙と思ったのは、その人形の首がこちらを見、なにかを呟いているのだ。


 なにをいっているかはわからない。だが、口読みのできる首領は、その口が『上だ』とか『いや、いきすぎだ』とか、なにやら方向を指示しているのがわかった──その瞬間、横にいた部下が吹き飛んでしまった。


 ぞわっとした。先ほどの恐怖がまた蘇った。


「──にっ、逃げろッ!」


 首領はそう叫ぶと、部下たちに構わず逃げ出した。


 残された部下たちも先程の恐怖が蘇り、尻に火がついたようにその場から逃げ出した。

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